Home > Highlighting JAPAN > Highlighting JAPAN 2010年5月号 > 生物資源の公正な利用(仮訳)
COP10のアジェンダにおいて、遺伝資源の利用から生じる利益の配分は重要事項となっている。ジャパンジャーナルの澤地治が報告する。
人類は微生物などの生物資源を様々な形で利用してきた。味噌、醤油、酒などの日本食も、原料を微生物によって発酵させ作る。第二次世界大戦中、負傷した多くの人々を救った抗生物質「ペニシリン」、結核の化学療法剤として使用されている「ストレプトマイシン」などの薬も微生物を利用して開発された。
生物資源から作られる薬品や食品などの製品が大きな利益を生み出す例も多い。かつて企業がそうした生物資源を海外で見つけ、開発して得た利益は、そのまま企業に入っていた。しかし、生物資源の提供国から利益の還元を求める声が高まり、1993年に発効した生物多様性条約において「遺伝資源の利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分(ABS)」が規定された。COP10でも、ABSに関して今後どのような国際的枠組みを作るかは重要な論点の一つとなっている。
NITEと生物遺伝資源センター
生物多様性条約の採択後、生物遺伝資源の採取には政府機関との交渉が不可欠になった。しかし、企業が単独でそうした交渉を行うには、膨大な資金と時間がかかる。そこで、提供国と企業の「橋渡し」の役割を担っているのが、国内最大級の微生物遺伝資源センターを持ち、多数の微生物資源を収集・保存し、企業や研究者に提供している独立行政法人「製品評価技術基盤機構(NITE)」だ。
「現時点で分かっている微生物の数は、地球上全ての微生物の10%程度と言われています。つまり、90%程度は未知のままです。その中には有用な微生物もたくさんいるでしょう」とNITEバイオテクノロジー本部の安藤勝彦氏は言う。「未知の微生物が多数生息していると考えられる熱帯雨林は、開発途上国に多く存在します。しかし、熱帯雨林の喪失などにより、それが失われる可能性があるのです。途上国には、そうした地域を保全する資金が不足しています。そこで、生物資源の利用者が生物資源にアクセスして得た利益を提供国に還元し、その資金で保全をするという仕組みが必要なのです」
NITEは2003年から東アジア各国と「微生物資源の保全と持続可能な利用に関する覚書」(MOU)と共同研究契約書(PA)を締結し、生物多様性条約を遵守しながら、各国で微生物資源の探索を行い、それらの有効利用を図るための共同研究を進めている。
これまで、2003年にインドネシア、2004年にベトナムとミャンマー、2006年にモンゴル、2009年にブルネイとの間でMOUとPAが結ばれ、協力関係が始まっている。
まず、NITEの研究者が資源提供国の研究者とともに、熱帯雨林地域の土壌や落葉、あるいは塩湖の水などを採取し、そこから生物資源を探索する。提供国の研究所で、それら試料から分離され、微生物は、提供国とNITEで保存する。NITEはこうした微生物を培養、提供国の同意のもとに日本企業に提供している。
海外の微生物を直ぐに入手できることは、企業にとって大きなメリットだ。2009年度では合計約1万株の微生物が提供されている。企業はそれら微生物の使用料を支払い、その一部が提供国に還元される。NITEから提供された微生物を使って、企業が特許を取得あるいは商品化した例はまだないが、そうなった場合も、提供国へ利益の一部が支払われる仕組みになっている。
一方、提供国側にとってのメリットは、金銭面だけではない。協力内容には、研究者の交流、生物資源の収集・分離・同定(生物の分類学上の所属・名称を決めること)に関する日本からの技術指導も含まれている。日本の研究者と交流し、最先端の微生物研究・開発に関する知識を得られることも大きな魅力となっているのだ。また、NITEは研究者を提供国に派遣するだけではなく、 各国の研究者を日本に招き、研修も行っている。
「常に一緒に仕事をすることが重要です。そうすることで、技術が途上国側に伝わっていくのです」と安藤氏は言う。「お互いの信頼関係が深まることは、さらに研究を進める上でも助けになるのです」
企業の参加
NITEと提供国との共同研究には、日本の企業が直接参加する場合もある。これまでに、製薬会社、石油会社、食品会社などが参加している。
その一つが中外製薬だ。中外製薬では、国内でも微生物の採集を行っているが、創薬の可能性をより高めるため、NITEを通じて海外の微生物を利用している。また、共同研究として2005 年にベトナム、2007年にモンゴルへ研究員を派遣している。
「NITEという公的機関と、提供国の政府との間で生物多様性条約を遵守した契約がなされ、利益配分や技術協力に関してもしっかりと決められている。私たちはその上で微生物にアクセスし、共同研究ができるので、新薬の開発に集中することができます」と中外製薬研究本部の青木雅弘氏は言う。
企業としてあらゆる微生物を探索資源として利用することは非常に重要だ。創薬の「種」を見つけ出す技術は年を追う毎に進歩しているので、同じ微生物でも違う方法によって、あらたな発見に結びつく場合もある。
「NITEとの共同研究で得られた微生物は、日本の微生物とは別の物質を作ることが分かってきました。共同研究は着実に成果を上げていると言えます」と青木氏は言う。
Win-Winの関係
アステラス製薬もNITEとの共同研究に参加した企業の一つだ。アステラス製薬は生物資源による創薬に力を入れており、売上高の34%を、生物資源から作られた薬の売り上げが占めている。これまでにも、国内の土壌から採取した微生物で作った免疫抑制剤「プログラフ」(臓器移植後の拒絶反応を抑える医薬品)を1993年に発売、その売り上げは2008年度に世界で約2000億円に達している。
アステラス製薬は海外での生物資源に関して、NITEとの共同研究に加え、独自にマレーシアのSIRIM社(産業技術の調査・研究機関としてマレーシアで中心的な役割を果たしている政府 100%の出資の公社)と2001年から共同研究を行っている。
日本から研究者を派遣し、マレーシア人研究者とともにマレー半島の土壌や落葉などを集め、現地で微生物を分離、そしてその培養液を日本でスクリーニング(薬になる可能性がある成分を見つけ出す作業)している。
「企業単独での契約交渉は簡単なことではありません。しかしSIRIM社と契約を結ぶことで、自分たちの創薬の方向性に沿った探索研究を直接出来るようになったのです」とアステラス製薬知的財産部の渡辺裕二氏は言う。「共同研究が始まって8年が経ち、創薬につながる可能性のある物質が見いだされています。」
アステラス製薬とSIRIM社との契約では、マレーシア側に対する利益還元も取り決められている。具体的には、研究段階での利用に対する対価や商品化の際のロイヤリティーの支払い、さらに、マレーシア人研究者に対する菌株分離やスクリーニング技術の移管、現地への実験機器や試薬品の提供などだ。
「創薬には10年以上の時間がかかり、生物資源提供国は資源を提供しても直ぐに利益を得られるというわけではないのです」と渡辺氏。「ですので、お互いに納得がいく形で契約できるよう心がけています」
COP10におけるABSの議論には日本だけではなく、世界中の企業が注目している。
「生物資源へのアクセスを厳しくしすぎると、生物資源の利用が行われず、提供国への利益の還元も進まなくなり、利用国、提供国双方にとって不幸です」と渡辺氏は言う。「COP10において、資源の利用国、提供国がWin-Winの関係になるような決定を希望しています」
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