Home > Highlighting JAPAN > Highlighting JAPAN 2010年7月号 > 日米安全保障条約改定から50年(仮訳)
2010年、現行の日米安全保障条約が誕生してから半世紀を迎えた。国際政治学者中西寛・京都大学教授は、半世紀続いたこの条約について、いまや二国間を超える地域の安定と発展の基盤装置だと語る。ジャパンジャーナルの千葉等が聞いた。
現行の日米安全保障条約(以下日米安保)は、日米双方にメリットがあり、半世紀に渡って継続されてきました。
日米安保によって、日本は大きな経済負担なく安全保障を確保し、また敗戦国でありながら国際社会への順調な復帰が可能になりました。さらに米第七艦隊の太平洋からインド洋に至る海軍力を支えに、通商国家としての発展基盤を得ることが出来たのです。
他方、アメリカにもメリットがありました。西北太平洋の戦略的な重要拠点に位置する日本に米軍基地を配置出来たこと、また冷戦構造下で、東アジアにおけるアメリカの政治的影響力の基盤をつくることにつながったのです。加えて、日本の工業技術力が米軍サポート能力として機能したことは、大きな意味を持ちました。
さらに、アメリカが第二次世界大戦で戦った非西洋国、日本を同盟国としたことは、冷戦戦略上、或いは途上国戦略上、アメリカの非西洋国重視の姿勢をアピールする意味を持ちました。その日本がまもなく経済発展し先進国の仲間入りを果たしたことは、西側の政治経済的優位を示す最も具体的な実例となったのです。
二国間を超えて
日米安保体制、即ち日米同盟は50年の間に徐々に他の地域、或いは世界に受け入れられていきました。
その理由のひとつは、在日米軍の存在が冷戦時代の東アジアにおける戦争回避という大きな役割を果たしたことです。また、1970年代に入り、アメリカ、日本が中国との関係改善をはかることで中国を西側に近づけ、改革開放政策を進めさせる方向付けを果たしたことも挙げられます。
さらに、アメリカの海軍力が日本、そして1990年代まではフィリピンに存在したことで、東南アジア諸国における海洋の安全保障、地域の安定に役立ちました。アメリカは秩序と市場などのインフラを提供し、日本が技術や投資で貢献、即ち日米が協調して東南アジア地域の経済発展を支えたのです。こうした日米同盟による流れが、米韓、アメリカとフィリピンの同盟関係を伴い、ASEAN、APEC、ASEAN+3、ARFなどアジア太平洋地域における対話の枠組を誕生させる基盤となったのです。
地域の安定装置として
グローバリゼーションの進展は、日米両国の同盟関係にも変化をもたらしています。このことは、結局、安全保障は一国のみで実現されるものではなくて、他国との協力が重要になってきているためです。日米間で考えても、これまで進めてきた情報の共有、協同訓練、基地その他の施設・物資の共同使用、弾道ミサイル防衛のための共同活動の範囲が、今後、さらに広がることが見込まれます。
しかしながら、どのような進展があろうとも、半世紀の時間をかけ価値観を共有し信頼関係を築き上げてきた日米の緊密な協力体制が地域の安定装置という意味でも重要な要素であり続けることは間違いないでしょう。
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