Home > Highlighting JAPAN > Highlighting JAPAN 2010年7月号 > オリエンタルカーペット(仮訳)
山形県の山辺町。人口僅かに1.5千人あまりのその町から世界中に輸出される高級絨毯「緞通」がある。やわらかな手触りと鮮やかなデザインは見る者を魅了し、使う者に安らかさを与える。その製造を手がけるオリエンタルカーペット株式会社のものづくりを柳沢美帆が紹介する。
皇居や迎賓館をはじめ、各国大使館、国立劇場など、国を代表する施設、また海外においては、バチカン宮殿や米国ルーズベルト記念館からオーダーの実績を持つ高品質の緞通を製造販売しているのが、山形県山辺町にあるオリエンタルカーペット株式会社だ。
戦前に遡る1935年、山形では冷害による凶作で農村が疲弊し、苦しい生活状況が続いていた。そういった中、地元で織物を生業にしていた人々を中心に地元の有志が、織物の町であった山辺の地場産業をもり立てるために会社を設立した。
普及品ではない高級な緞通の製造を目指し、本場中国から7名の技術者を招聘。日中戦争に向かう直前という国際情勢の中で、2年余りにわたり手織り緞通の技術を習得した。
第二次世界大戦中に工場は一時軍需工場となっていたが、1946年に改めて現社名の会社を設立し、緞通の生産を再開、1948年には対米輸出を開始した。当初は認知度の低さから売り上げは少なかったが、1964年にバチカン宮殿法王謁見の間に緞通を納めたことをきっかけとして海外からの注文も多くなった。
日本文化が育んだ緞通
緞通は、良い原料、良い染め、良い織りの三拍子揃って初めて高品質の緞通となる。1950年頃には、仕上げとして “マーセライズ”という化学溶液を使った艶出し方法を確立。織り上がった緞通の表面を平たく滑らかに仕上げ、最後にマーセライズに浸し、ブラッシングで磨き上げる。これによって独特の滑らかで弾力のある肌触りとツヤ、風合いが出る。マーセライズの利用の目的は、そもそもは防虫・防菌加工であったが、結果として手触りがよくなったことから試行錯誤を繰り返し、同社だけの加工法を確立させた。
本社の応接室に敷かれた色艶も鮮やかな緞通は、約70年も前に織られたものだと言う。へたらない羊毛、あせない染め、しっかり目のつまった織りと丁寧な仕上げは、時の風化などものともしない。
「欧米のように靴で踏まれる使用場面だけだったら、このような手触りの緞通は必要ありません。でも日本は靴を脱ぎ、畳でくつろぐという文化があった。素肌に触れることを前提として作られているので、これだけの品質の緞通が生まれたと言えるでしょう。」と、渡辺博明代表取締役社長は話す。
新しい挑戦
従来の製品だけを作り続けているだけでは、ブランドは成長していかない。2006年からは、フェラーリのデザインも手がける山形出身の工業デザイナー・奥山清行氏と、デザイン面でのコラボレーションをした緞通の製造を始めており、その製品はミラノ国際家具見本市「ミラノサローネ」にも出品されている。
「最初は“何だ、このデザインは”なんていう反発の声が職人の間から上がったのですが、実際作り上げてみると、その卓越したデザイン感覚にこちらが驚かされる結果になりました。著名人とのコラボレーションは、大抵話題性は高いのですが、実際、販売まではなかなか結びつかないことが多いのです。けれども、奥山さんとの作品は話題を呼んだばかりでなく多数の緞通販売につながりました。奥山さんがオリエンタルカーペットの歴史や製品のストーリーをきちっと考えた上で、デザインをしてくださったからだと思っています。高品質の物は、親子代々受け継いで使うことができる、いわば今の時代に合ったエコ商品なんです。良い物を長く使う、そういう習慣がもっと広まっていけばいいですね。それがひいては豊かな心の持ち様にもつながっていくと思うんですよ。」
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