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科学技術

絹を使った再生医療(仮訳)

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数千年以上にわたって衣服の素材として用いられてきた絹だが、現在、生体材料としてその活用に注目が集まっている。絹を使った人工血管の開発に取り組む朝倉哲郎東京農工大学教授に佐々木節が聞く。

中国で絹の生産が始まったのは数千年前とも言われる。絹は、インドやペルシャ、エジプトやローマなどへも盛んに輸出された。

養蚕や製糸の技術は世界各地に広まっていったが、その一方で、溶液からその非常に高い強度を生み出す構造や生成メカニズムについては謎のままだった。そんな天然繊維の謎に最新の技術で取り組み、絹の繊維化前・繊維化後の分子構造を世界ではじめて明らかにしたのが東京農工大学の教授、朝倉哲郎博士である。

「そもそも私が専門にしていたのは、強地場を使い有機化合物やタンパク質の分子構造を解明するNMR(核磁気共鳴)の研究でした。人の体内などを断面で映しだすMRI(核磁気共鳴画像法)装置はこのNMRの技術を応用したものです。私が研究に取り組みはじめた1980年頃、『NMRで分析できるのは不純物が混じっていない純粋な試料に限られる』ということが常識とされていました。ところが、生きたミミズやマウスをそのままNMR装置に入れても分子構造を分析できると研究者仲間から教えられ、この方法が、絹の分子構造分析に応用できるのではないかと思い立ったのです」

絹の分子構造の解明

そこで1981年、朝倉博士は日本における蚕と絹の研究の中心だった東京農工大に移り、さっそく新たな研究をはじめた。生きた蚕をNMRで分析することで、蚕の体内にある液体状の絹の繊維化前の分子構造の分析・特定が出来ると朝倉博士は考えたのだ。

「古くからの研究で、絹はグリシン、アラニン、セリンなどアミノ酸で構成されるタンパク質の繊維だということは分かっていました。しかし、蚕の体内で液体状のタンパク質が、なぜ繊維化後に、強靱な繊維に生まれ変わるかは分かりませんでした。私は、新たに開発したいくつかの固体NMRを使って、繊維化前の絹自体と、絹のモデル化合物の構造を原子レベルで解明しました。加えて、私は繊維化後の絹の構造変化を理解するために、光学顕微鏡を使って、蚕の吐出部の細かい構造を研究しました。私は、それがどのような構造か、どのような力が加わるかを徹底的に調べました。絹の構造が明らかにしていくことで、絹の生産メカニズムもわかってきました」

こうして25年にわたる地道な研究の結果、2001年に朝倉博士が明らかにしたのは、繊維化前の絹の構造は、極めユニークであるといことだ。つまり、それは、他のタンパク質とは大きく異なる、繰り返しβターン構造(ゆるい螺旋構造)をしていることだ。これが、蚕の体内の溶液から、非常に強い繊維を作り出すカギとなっているのだ。

絹で出来た血管

絹の構造が解明されることで、生体材料としての改良が以前よりも容易となり、その可能性が格段に広がった。例えば、蚕が作った絹を高濃度のイオンの溶液で溶かして、その後、透析によってイオンを除去した溶液を作る。それを凍結乾燥し、スポンジ状にして人工の角膜や骨、歯や耳の軟骨の足場材として用いると、その部位の再生がスムーズに進むことがこれまでの動物実験で証明されている。

さらに、最近、大きな注目を集めているのは、動脈硬化を起こした心臓の冠動脈のバイパス手術にも利用可能な直径1.5mmという細い人工血管の開発である。

これは、太さ約30マイクロメートルの絹を塩化ビニールのチューブに巻き付けながら編み、そして、編み目の隙間を埋めるために絹のジェルでコーティングした後、血管を作成するために、チューブは取り除く。このコーティング処方が血液の漏れを防ぐのだ。既に、直径10mmほどの人工血管は、ポリエステル系の合成樹脂を用いて実用化されているが、このタイプの人工血管は直径を6mm以下にすると血栓ができやすくなり、すぐに目詰まりを起こしてしまう。しかし、絹から作った人工血管をマウスに移植したところ、1年経ってもほとんど目詰まりを起こすことがなく、さらに絹が分解した後、新しい血管が形成された。つまり、血管の再生が起きたのである。

「長年、外科手術の縫合糸に用いられていることからも分かるとおり、絹は人体にきわめて馴染みやすい素材です。移植したら一生そのままという合成樹脂系の人工血管と違い、天然のタンパク質ですから時間が経てば体内で少しずつ分解されてゆきます。つまり、新たに形成された血管がやがては人工血管と置き換わる可能性もあるのです」と朝倉博士は言う。

現在、朝倉博士の研究グループでは、この人工血管を10年後に実用化することを目標として、ブタや犬といった大型の動物で研究を積み重ねている。また、遺伝子組み換え技術により、強度や細胞接着性を高めた絹を蚕に作らせることに成功した。再生医療用生体材料のための大量の絹を安価に生産するメドも立ってきている。

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