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Highlighting JAPAN

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特集アフリカの成長を育む

南スーダンの未来を支える(仮訳)

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日本はアフリカの平和と安定に貢献するために様々な活動を行っている、その一つが、南スーダンへの自衛隊の派遣だ。南スーダンは、20年以上におよぶ紛争の後、2011年7月に独立をした、今世界で一番新しい国である。現在、自衛隊は南スーダンの国づくりを支援している。南スーダンに派遣された自衛官にジャパンジャーナルの澤地治が話を聞く。

アフリカのスーダンは1956年に独立を果たしたが、1983年に北部と南部との間で紛争が勃発、200万人を超える死者、400万人を超える国内避難民が発生している。しかし、2005年、南北が包括和平協定(CPA)を結び、南部スーダン暫定自治政府がジュバに樹立、2011年7月にアフリカの54番目の国家として南スーダンが独立した。

この独立に合わせて国連が設立したのが、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)だ。UNMISSは南スーダンの平和と安全の定着及び南スーダンの発展のための環境の構築の支援を任務とする。日本政府は国連からのUNMISSへの要員の派遣要請を受け、自衛隊を2012年1月から派遣している。

「これまで自衛隊が海外で行ってきた活動に対する国際的な評価が高いこともあり、UNMISSや南スーダン政府の、自衛隊の活動、特にインフラ整備への期待を非常に感じました」と坂間輝男2等陸佐は言う。「『自衛隊はしっかり仕事をしてくれる』という信頼感を持たれていたので、それを裏切らないようにしなければというプレッシャーはありました」

坂間2等陸佐は、2012年1月から6月まで施設部隊隊長として第一次施設部隊約210名を率いた。

南スーダンの道路は、ほとんどが未舗装で、雨が降ると水たまりやぬかるみができ、車の通行が困難になる道が少なくない。さらに、雨水がたまることで衛生環境も悪化し、マラリアや下痢といった住民の健康被害も発生している。自衛隊の施設部隊の重要な任務の一つが、こうした道の整備だ。隊員は、ブルドーザーやロードローラーといった器材を使いながら、生活道路や幹線道路の整備を進めている。そこでは、道路には水が滞留しないように緩やかな傾斜を付け、道路の端には水が流れるように側溝も建設するといった配慮も忘れない。道路の他にも、国連難民弁務官(UNHCR)の要請に応え、内戦を逃れて難民となっていた住民が故郷に戻る途中、一時的に滞在するための施設「ウェイ・ステーション」における宿泊施設の建設も自衛隊は行った。

「40度を超える猛暑の中の作業は隊員にとって、肉体的にも精神的にも、非常に厳しかったです。しかし、地元の人々は私たちの活動に、とても感謝してくれていました。道路整備の作業をしているとしばしば、『ジャポン、ジャポン』と、親しく声を掛けられました」と坂間2等陸佐は言う。「日本と南スーダンは1万km離れていますが、その両国の架け橋となる仕事が出来たのではと思っています」

隊員は南スーダンの人々との交流も積極的に行っている。例えば、ジュバ市内でNGOが運営する女子孤児院とは、警備員が滞在する小屋を隊員が作ったことをきっかけに交流が始まった。隊員はほぼ毎週末に孤児院を訪れ、ボランティアで建物の修繕、清掃や、女児とバレーボールやバトミントンなどのスポーツやけん玉、竹馬などの玩具で遊んだりといった時間を過ごしている。

「南スーダンは、様々な課題を抱えていますが、非常に活気があり、将来有望な国だと感じました」と生田目徹1等陸佐は言う。「現地の人々の要望を聞いたり、実際に現地を調査したりし、国の将来を見据えた支援を行っています」

生田目1等陸佐は、2012年1月から12月まで、現地支援調整所長を務めた。現地支援調整所は、UNMISSと活動内容について調整を行うことが任務だ。自衛隊が整備する道路は、自衛隊とUNMISSが話し合い、地元への裨益効果を考え決められている。

現在、施設部隊第3次要員約330名が取り組んでいる道路整備の一つが、ジュバと、ジュバから約120km離れた、ウガンダとの国境近くの都市、イエイを結ぶ幹線道路の整備だ。イエイ近辺は穀倉地帯として期待されており、この道路が整備されることで、より多くの作物をジュバに供給することが可能になると考えられている。

「私は20年前にアフリカのモザンビークで国連平和維持活動に従事しました。当時、モザンビークは内戦終了間もなく、荒廃していました。しかし、今やモザンビークは経済的にも社会的にも発展を遂げていると聞いています」と生田目1等陸佐は言う。「南スーダンも、モザンビークと同じような道をたどって欲しいと願っています」

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