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科学と技術

クモの糸で変わる未来

世界で初めて人工クモの糸量産化に成功したスパイバー(仮訳)



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スパイバー株式会社(山形県鶴岡市)は2013年11月、「人工クモ糸繊維を量産できる技術開発に成功し、世界で初めて工業化の道を切り開いた」として、「山形イノベーションアワード」の大賞を受賞した。これまで量産不可能と言われてきた「クモの糸」に着目し、その量産基礎技術の開発に至るまでの道筋はどのようなものだったのか? 代表取締役社長の関山氏に成功秘話を伺った。

関山氏がクモの糸に着目したきっかけは、2004年の夏、花火大会のあとの飲み会の席だったという。当時慶応義塾大学の4年生で、同大先端生命科学研究所にて研究をしていた関山氏と研究室の仲間たちは、朝までの飲み会の場でいつしか昆虫の生態について語り合い、「最も強い昆虫はなにか」という話で盛り上がった。強力な毒を持ち、一日100kmも移動できるスズメバチはどうかという意見に対し、それを捕獲し、餌食にしてしまうクモはもっと凄いのではないか、と発展していった。そこで、捕食に使われるクモの糸の秘密に興味が移っていった。

「どうもクモの糸は凄いらしい、という話題で持ち切りになりました。朝の4時頃まで討論は続き、そのまま大学へ行ってクモの糸に関連する文献を漁りました。これほど強力で柔軟なクモの糸が、なぜシルクのように実用化されていないのか、という疑問を解決するために研究が始まりました」と関山氏は当時を振り返る。

研究を進めるうちに、クモの糸の秘密が徐々に明らかになっていった。クモの糸は他の動物の体毛などと同じタンパク質でできているということ、そしてクモと言っても3万種類以上も存在し、一匹のクモが7種類以上の違う糸を使い分けているということが分かってきた。ここまで種類が膨大だと、なにが「クモの糸」なのか、という問いさえ曖昧になってくる。そこで関山氏たち研究員は、糸を構成する「タンパク質」に注目した。「クモの糸のような強度を持ったタンパク質の糸をどうやって作れるか」という観点に転換したのだ。

クモは肉食のため、飼育・増殖が難しい生物だ。では、もっと生体の構成が単純な微生物にクモの遺伝子を組み込ませて糸を作らせてはどうか、と研究は進む。それが、クモの糸生産の鍵となった。工業化するには、糸の強度、太さなどを均一に生産する必要がある。クモから作ることができなければ、微生物を改良して人工的にクモの糸を生産すれば、工業化に向けたコントロールが可能になるというわけだ。

「微生物は生体の構成が単純であるためエネルギー効率が高く、30分ほどで倍に増殖します。簡単に言うと、30分で1兆個の微生物を2兆個に、1万トンの微生物を2万トンに増やすことができるのです」と関山氏は言う。

微生物に着目してからの研究は試行錯誤を繰り返しながらも、比較的スムーズに進んだ。そして遂に、改良した微生物から「クモの糸」に限りなく近い糸の安定生産ができるようになった。「すべては、クモの糸が『タンパク質である』という点に着目したときから研究がスピードアップしました」と関山氏は研究の苦労を語る。

こうして、クモの糸の生産を工業化したことで、石油を使わない、環境に優しい繊維の生産が可能になった。「Spider(スパイダー)」と「Fiber(ファイバー)」を組み合わせた「Spiber(スパイバー)」として会社を設立し、研究はさらに進んでいる。スパイバー社が生産するクモの糸は、現在産業面では自動車メーカーや輸送機器メーカー向けの用途開発が行われ、医療分野では、素材がタンパク質であるという点から、人工血管などの研究開発が行われている。将来的に生産量と機能性の改善が進み、コストの低減が可能になれば、さらにさまざまな分野での活用が期待される。

「可能性は無限です。『クモの糸』は私たちスパイバー社の理念を実現するひとつの手段でしかありません。これからも更なる研究を重ね、人類社会に貢献できる技術を高めていくことを目指しています」と関山氏は未来への抱負を語ってくれた。



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