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Highlighting JAPAN

日本の魚を生きたまま世界に届ける

生理学者の久木野憲司教授は、より良い状態のまま遠くへ運ぶための斬新な方法を開発した。

近年、生の魚を楽しむ日本の食文化が世界に広まるにつれ、生鮮水産物の需要が世界規模で高まっている。しかし、生きたまま陸路、あるいは海路で長距離を運ぶのは困難であり、冷凍の魚は寿司や刺身に必ずしも適してはいない。

現在、活魚を長距離輸送する際には、魚の動きを鈍らせるため、低温の海水を大量に積んだ専用のトラック「活魚運搬車」が使用されている。活魚運搬車には、海水中に酸素を送るためのブロワー、海水を低温に保つための冷却装置、それを動かすための専用電源が必要なため、初期投資が大きくなる。また、活魚を輸送する場合、魚自身が排出するアンモニアなどの老廃物による水槽内の水質悪化や、魚どうしが衝突することによって魚体に傷がつくことを防ぐため、魚の体積の約10倍という多量の海水が必要となる。また、収容率が低いため、輸送コストが高くなることが課題だった。

長崎県立大学の久木野憲司教授によって開発された新しい技術がこの問題を解決した。炭酸(CO2)を溶け込ました海水(通常の環境では致死的になる)を用いた麻酔で活魚を眠らせ、同時に、微細気泡を加えることによって、安全に長距離、大量の魚を輸送することを可能にした。魚は麻酔状態なので、水中での動きも、老廃物も少なくなるのだ。

久木野教授は人間を対象にした学問である生理学を専門としているが、新たな技術が生まれたきっかけは、2009年、酒席での友人らとの雑談だった。

「彼は“九州の魚を東京に運ぶ研究の多くはどこもうまくいっていない”と言いました」と久木野教授は言う。「その時、“ヒトや動物のように麻酔を使えば解決するかな?”と思いました」

久木野教授は休日を利用して、魚の麻酔に関する論文を調べたところ、水生生物を長時間麻酔することに成功した例がないこと、その原因を明らかにした研究報告も無いことを知った。多くの動物実験を行ってきた経験から、麻酔をかけた魚は呼吸が浅くなるため酸欠状態に陥り、短時間で死んでしまうのであろうと考えた。

そして、麻酔をかけた人間に酸素マスクを装着するように、水中に棲む魚にも通常の海水(溶存酸素100%)の数倍程度の酸素を与えれば酸欠が回避されて死なないのではないかというアイデアを思いついた。そして、直径が数十マイクロメートル以下の「微細気泡」を海水中に送り込むことによって、魚が長時間生存できるのに充分な酸素を、えらに接触した微細気泡から得られることを発見した。麻酔方法として、食品魚介類に使えるヒトに無害な炭酸(CO2)麻酔を採用することで、2009年12月、「魚介類の炭酸麻酔技術」が完成した。

2013年に「魚介類の炭酸麻酔技術」を事業化するために創業され、友人らが取締役を務める「マリンバイオテクノロジー」を久木野教授はボランティアで支援している。

「事業そのものはマリンバイオテクノロジーにお任せし、私は大学の休日を利用してコンテナの製作を指導しました」と久木野教授は言う。「まるで、週末に日曜大工を行っているような感じでした」

開発スタートから試作品が完成するまでに、約2年を費やした。2015年5月、長崎県西海市の漁港で水揚げされた20匹のイサキを、1200km以上離れた東京・築地までトラックで運ぶ実証実験が行われた。専用コンテナの中で17時間を過ごした魚は1匹も死ぬことなく元気に泳いでいた。2017年1月には2回目の実証試験として、このコンテナを使用してシンガポールとアメリカのラスベガスへ船便で魚を運ぶ実証実験が行われる。4月からは日本国内で商用ルートでのコンテナ使用もスタートする。将来的には、航空輸送用のコンテナも開発し、日本の活魚を世界中に届けることを目指している。

「世界で類のない豊富な種類が水揚げされる日本の魚は、世界に誇るべき生産物です。和食文化が海外で認められた今だからこそ、日本の魚の“本当のおいしさ”を多くの人たちに知ってほしい」と久木野教授は言う「私たちの輸送技術によって、それが実現できたらうれしいです」