Home > Highlighting JAPAN > Highlighting Japan November 2016 > 伝統工芸

Highlighting JAPAN

究極の箸

「若狭塗箸」発祥の地、福井県若狭。数少ない職人が、この地で若狭塗箸を一貫して手作業で作る技法を今も守っている。

加福清太郎さんは、狭い作業場の床にあぐらをかいて座りながら、自らの手をしっかりと固定させると、先の尖った木製の道具を使って、漆を塗ったばかりの粘り気が残る箸の上に幾つもの松葉を慎重に置いていく。そして、箸を台の上に立てて置くと、既に乾いていた他の箸を手に取り、1本ずつ砥石で優しく研いでいく。するとまるで魔法をかけたかのように、緑、赤、黄色、金といった色彩がほんのりときらめき始め、同時に黒茶の下地からあわび貝の殻の縞模様が表れる。

「模様を付けては塗り重ね、そして研ぎ出す。これが若狭塗の主な特徴です。(重ね塗りした)下の模様を浮き上がらせる技には、経験と集中力が要求されます」と、加福さん(70才)は400年以上前から続く伝統的な漆器技法を語る。

高校卒業以来、52年間にわたり加福さんが勤しんできたこの工芸に重要な要素は忍耐だ。若狭塗箸は1膳完成するまでに、1年の歳月を要する。手間暇かけて作ることで有名なこの製造過程は、20にわたる段階を踏む。まず、ベースとなる材料(通常は木地)に、漆を2回重ね塗りして下地を作る。それを研いだ後、「中塗り」漆を塗り、再び研ぎ出す。これらの工程がすべて終わって初めて、松葉などの模様付けが行われる。

大量生産される漆箸の多くはここで完成だが、加福さんにとっては、まだ始まりにすぎない。次に、色漆を2色以上塗り重ねる「合塗り」、「箔置き」(文字通り、金箔を置くこと)を行うことで、製品の模様に優美な輝きを与える。そして、「塗込み」と呼ばれる工程に入る。ここでは、漆を幾重にも塗り重ねて、製品に厚みを持たせた後、乾燥させて研ぎ出す。石研ぎ作業だけでも計り知れない集中力と技術を要する。粒度の異なる様々な砥石と石粉を使いながら、徐々に模様を表面に浮かび上がらせるのだ。わずかな傷でも覆い隠すため、漆の膜に修整塗りを加え、艶塗りを数回繰り返したら完成である。

若狭塗の模様付けには、3つの伝統的な技法が使われていると加福さんは説明する。1つ目は、卵の殻を漆の上に散りばめた「卵殻模様」(「たまごがら」または「らんかく」と呼ばれる)。2つ目は、あわび貝などの貝殻を使った「貝殻模様」。3つ目が、松葉やヒノキの葉、あるいはもみ殻などを漆の中に塗り込んだ後に取り出して、溝のような模様を作り出す「起こし模様」だ。これらの工程により作り出される模様は想像の域を遥かに超える。卵殻や貝殻は夜空に浮かぶ無数の星を想起させ、松葉は漆黒の池の上を舞う金縁の蛍と化す。

「このような伝統ある技法や模様を守ることは、伝統工芸士の大切な仕事の1つです」と加福さんは言う。加福さんは2015年、業務精励の功績を認められた者に贈られる黄綬褒章を授与された。

伝統をさらに進化させるのも工芸士の仕事だ。加福さんは、伝統的に使われる素材以外にも様々な材料をベースデザインに試している。中には、みかんなどの果物を入れるスーパーのネットや、レースも使う。

加福さんはまた、コンピューターのマウスやスマートフォンケース、さらにはスタイリッシュな若狭塗のボールペンまで製造する。加福さんのボールペンは2013年、安倍晋三首相から2期目を迎えたオバマ米大統領に贈呈された。

「独特の感触を持ち、同じものが二つとないのが手作りの品です」と加福さんは言う。加福さんの作る箸は1年でわずか400膳のみだ。加福さんの父親と息子もまた、工芸品に対する取組みが認められ、日本政府から表彰されている。

「漆は日本の象徴であり、若狭塗は日本文化の重要な一部です。この日本文化がこの先も長く続いていくことを願っています」