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Highlighting JAPAN

大量の水素を安全に運ぶ

水素を液体状態で大量かつ安全に貯蔵、輸送できる新しい技術の実証が進んでいる。

石炭、石油、天然ガスといった化石燃料に代わる新たなエネルギー源として、いま世界が注目しているのが水素である。燃料電池で使用されればエネルギー効率が非常に高く、利用段階では地球温暖化の要因とされるCO2を排出しない。水素は将来的には電気やガス、ガソリンなどとともに二次エネルギーの中心的な役割を担うことも期待されている。

水素は、家庭用燃料電池や燃料電池自動車(FCV)としてすでに利用が始まっており、大規模な発電燃料にも使えるが、常温・常圧では気体状態のため扱いにくく、長期貯蔵や長距離輸送が難しい点が実用化のネックになっている。水素を大量に、しかも安全に貯蔵・輸送するために、総合エンジニアリング企業、千代田化工建設は「SPERA水素®」を開発した(SPERAはラテン語で「希望せよ」を意味する)。

「一般的に水素を貯蔵・輸送するには、高圧で体積を圧縮したり、マイナス253℃という超低温で液化させたりする方法などがあります」と千代田化工建設水素チェーン推進ユニットのエンジニアは言う。「しかし、どちらも専用の容器や施設が必要なため、新たなインフラを整備しなければなりません。一方、SPERA水素®は、常温・常圧で液体状態を保っているので、既存のタンクで長期貯蔵することも、既存のタンカーやタンクローリーで運ぶこともできます」

SPERA水素®はメチルシクロヘキサン(以下:MCH)という液体で、ガソリンや軽油などに含まれるトルエンと水素を触媒反応させる「有機ケミカルハイドライト法」(OCH)によって作られる。MCHは、気体状態の水素に比べると体積は約500分の1である。

MCHを使った有機ケミカルハイドライト法の考えは1980年代から知られており、MCHもペン修正液の溶媒などとして一般的に使われていた物質である。しかし、これまで、「脱水素プロセス」でMCHから水素を取り出す実用的な触媒の開発ができていなかった。

千代田化工建設は2002年から独自の触媒の開発に着手し、実験室レベルで連続10,000時間以上にわたって安定した性能を発揮できる高性能な脱水素触媒を作り出すことに成功した。

神奈川県横浜市にある千代田化工建設の研究開発センターの実証プラントでは、商用化に向けたさまざまな検証が続けられている。実証では、脱水素触媒の充分な能力が分かり、実用化の妥当性が確かめられている。

将来、SPERA水素®システムによる水素エネルギーの大量輸送が実現すれば、日本ばかりでなく世界のエネルギー事情は大きく様変わりするかもしれない。水素は天然ガスの改質によって製造することができる。資源国の油田、ガス田などで製造された水素を、現地の水素化プラントでSPERA水素®に変換すれば、現在の原油などと同じように大型タンカーで日本などの水素消費国に輸出することができる。水素を輸入した国では、必要な場所に脱水素プラントを設置することで、水素発電などのエネルギー源、FCV用の水素ステーションとして効率よく水素を活用できる。さらに、風力や太陽光、水力などの再生可能エネルギーで発電した余剰電力を使って水素を製造し、SPERA水素®にして運べば、化石燃料に由来しないクリーンな代替エネルギーとして供給することもできる。

現在、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、SPERA水素®システムによる水素サプライチェーン構想の事業実証プロジェクトを推進している。このほか、川崎市の臨海工業地帯と港湾施設では川崎市と千代田化工建設が協力して、SPERA水素®を用いた水素供給ネットワークシステムの建設構想もフィールド実証として進められている。このプロジェクトでは、海外(東南アジア)から副生水素由来のSPERA水素®を運んできて、川崎臨海部で脱水素する。

こうしたプロジェクトは2020年に実際に運用することを目標としている。この年に開催される東京オリンピック・パラリンピックの会場や選手村では、SPERA水素®から作られる水素を利用して電力を賄ったり、選手や観客の移動のためFCバス(燃料電池バス)を運行したりすることも計画されている。東京でのオリンピック・パラリンピックは、世界の人々が本格的な水素社会の到来を目の当たりにする機会となるであろう。