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Highlighting JAPAN

鉄道を舞台にした推理小説

日本のミステリー作家は、鉄道を舞台にした様々な小説を発表している。

日本では明治時代(1868-1912)に欧米の推理小説の翻訳本が出版されるようになった。そして、その影響を受けた日本人作家が、推理小説を自ら執筆し始めた。そうした中、鉄道をトリックの重要な鍵に据えた「鉄道ミステリー」が大正時代(1912-1926)末頃から発表されるようになっていく。例えば、日本の推理小説の歴史に大きな足跡を残している江戸川乱歩(1894-1965)(このペンネームは、アメリカ人の作家、エドガー・アラン・ポーにちなんでいる)が1923年に発表した『一枚の切符』は、列車に轢かれて死亡した女性をめぐって繰り広げられる短編小説で、日本の鉄道ミステリーの草創期の代表的な一冊である。その後、日本の鉄道の発展と共に、鉄道ミステリーも数多く生まれ、特に第二次大戦後には多くの作家が鉄道ミステリーをこぞって発表するようになった。

「ミステリーと鉄道はとても相性がいい。列車、そのコンパートメントの密室空間、時刻表、線路、駅舎などトリックの宝庫なのです」と鉄道ジャーナリストの原口隆行氏は言う。原口氏は昨年、『鉄道ミステリーの系譜』という著作を発表し、鉄道ミステリーの発祥の地であるイギリスや日本の鉄道を舞台または主題にしたミステリー作品の数々を紹介している。

「日本の時刻表は鉄道発展の初期から一貫して正確でした。日本の鉄道ミステリーの際立った特徴の一つは、そうした正確な時刻表に基づいたアリバイ作りが多用されていることです」と原口氏は言う。「ヨーロッパ各国で国鉄の民営化が進む以前は、多くの国の鉄道の運行時間はあまり正確とは言えず、時刻表をトリックに使ったミステリーは説得力がなかったのです。どちらかといえば、イギリスでは駅や車内での密室を題材にしたものが主流です」

日本で初めて時刻表をアリバイに利用した鉄道ミステリーは、1936年に蒼井雄(1909-1975)が発表した『船富家の惨劇』という長編小説だ。蒼井は電気技師であったが、名探偵シャーロック・ホームズを主人公にした推理小説で有名なコナン・ドイル(1859-1930)や、『列車の死』などの鉄道ミステリーで知られるフリーマン・ウィルズ・クロフツ (1879-1957)などのイギリス人作家の影響を受けて、本業のかたわら推理小説を執筆するようになった。

『船富家の惨劇』は、大阪の豪商・船富家の母と娘が殺された事件をめぐる小説である。「私は、当時の時刻表と小説とを照らし合わせてみましたが、実際の時刻表に基づいた緻密なプロット作りに興奮を禁じえませんでした」と原口氏は言う。「戦後、多くの作家が時刻表を利用した作品を発表していますが、このミステリーは時刻表トリックの先駆けとなった記念すべき作品です」

第二次世界大戦後に発表された数々の鉄道ミステリーの中で、名作の一つとして原口氏が挙げるのが、1958年に発表された松本清張(1909-1992)の『点と線』である。雑誌の連載として最初に発表されたこの小説は、福岡の海岸で発見された男女の死に疑問を持った老刑事が、汚職事件を捜査する警視庁の若手刑事に情報を提供しながら、犯人のアリバイを崩していくというストーリーである。松本は、この小説を東京駅の東京ステーションホテルの209号室で執筆した。今は2033号室となっている客室の廊下には、『点と線』の連載第1回目のページ、そしてトリックの鍵となる当時の東京駅の時刻表が額に入れて飾られている。『点と線』は英語やフランス語をはじめ世界10ヵ国語以上に翻訳され、日本を代表するミステリーとなった。

「卓越したリアリズムはもちろん、格調高い文章も特筆すべきものです」と原口氏は語る。「他にも重要な作家はいますが、この作品が日本のミステリーにおいて一つの分水嶺をなしたことは間違いありません」

現在は、かつてほど、鉄道ミステリーは数多く出版されていない。その中で、ほぼ毎年、最低でも1冊は鉄道ミステリーを執筆しているのが西村京太郎である。これまで出版した580冊を超える作品のほとんどが鉄道ミステリーである。西村が最初に執筆した鉄道ミステリーは、1978年に出版された『寝台特急殺人事件』である。この小説は、当時、人気を集めていた寝台特急「ゆうづる」をトリックに使っている。その後、西村は全国各地の鉄道路線を舞台にした小説を次々に執筆、2016年3月に開業した北海道新幹線を題材にした小説も、既に発表している。

「鉄道ミステリーを通じて、読者は思い出の地や未知の土地へと旅立つことができます。それが鉄道ミステリーの魅力の一つです」と原口氏は言う。「小説はその時代と密接にかかわっています。鉄道ミステリーも今後、時代に即した、新たなスタイルが求められていくでしょう」