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Highlighting JAPAN

新たな進化を遂げる「RAKUGO」

落語家・三遊亭竜楽は世界中の聴衆とともに話芸の魅力を共有している。

日本には、約250年の歴史を有する笑いの芸能「落語」がある。舞台上で座布団に座り、一人で何人もの登場人物を演じ分けるのが特徴だ。演じる人を落語家(rakugoka)といい、東京と大阪にある落語専門の劇場「寄席:yose」では毎日公演が行われている。

落語家・三遊亭竜楽(Sanyutei Ryuraku)は、日本語はもちろん、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ドイツ語、英語、中国語を操り、落語を演じている。これまで海外の約50都市以上を訪れ、170回を超える外国語による落語の公演を行っている。

竜楽が、外国語で落語を演じるようになったのは、2008年のことだった。

「私は茶道を習っているのですが、その先生が、イタリアのフィレンツェで開催される『ジャパンフェスティバル』で茶道を紹介することになりました。そのときに『落語も披露してみたら?』と声をかけていただいたのがきっかけでした」

外国語の落語はすべて丸暗記する。知り合いのネイティブスピーカーに落語の翻訳を依頼し、テープに吹き込んでもらう。それを、外来語を表す時によく使われる「カタカナ」で書き起こし、ひたすら音読して覚えていく。だが、外国語落語において言葉は表現のごく一部である、と竜楽は言う。

「日本固有の文化や風習を、言葉で説明すればするほど、わかりにくくなることもあります。大切なのは、仕草と表情による演技で、聞き手の想像力を刺激することです。言葉は、イマジネーションを助けるためのツールにすぎないと思っています」

例えば、登場人物がタバコを吸う場面で、キセルという日本の喫煙具を説明すると、その説明に意識が行って観客は物語の中に入れない。しかし、「タバコを一服」と言って、扇子をくわえて見せれば、観客は自分の体験から、好みの喫煙具をイメージして物語を楽しめる。扇子と手拭い以外は何もないシンプルな舞台であるがゆえに、楽々と文化の壁を越えることができるのだ。“想像力の芸”である落語の強みである。

海外で人気のネタは、仕草と表情で人物を表現するものだと竜楽は言う。例えば、有名な古典落語『ちりとてちん』。ある男が、知ったかぶりの友人を懲らしめようと、実際にはありもしない「中国の『ちりとてちん』という珍味を食べたことがあるか」と腐った豆腐を差し出す。案の定、友人は知っていると言い、悶絶しながら「うまいうまい」と食べる場面では、大きな笑いが沸き起こる。

「落語で描かれるシーンは、普通の人々の、普通の日常生活です。落語の登場人物たちは、世界中どこにでも身近にいるような人たちばかりです。落語が表現する笑いとは、『人間が誰しも持っているおかしみ』。これは国境や文化を越えて世界共通です」

竜楽は、数多くの海外公演を通じて、落語という芸能が持つ可能性を確信するようになったという。

「落語は、演者が首を左右に振りながら、複数の登場人物を演じますが、人物の顔つきや姿、着物、背景はすべて個々の観客が頭の中に描き出しています。演者は、心の中で『想像してください。一緒に物語をつくりましょう』と観客に語りかけ、観客がそれに応えて物語を躍動させているのです。テロや紛争など、いま世界で起こっていることの多くは、“他者に対する想像力の欠如”が原因だと思います。落語を世界に広めることは、『豊かな想像力』を育て、世界を癒す力になると思っています」

2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが開催される。多くの外国人が日本を訪れる機会に備えて、竜楽は、新たなスタイルの落語を準備しているという。

「落語を演じる背景にスクリーンを設置して、浮世絵を映し出そうと考えています。そうすることで、観客の想像力をもっと豊かにふくらませることができる。例えば、江戸時代の花火見物の場面などは、日本人には容易に想像できても外国人には難しいでしょう。でも、花火の場面を描いた浮世絵が背景に投影されれば、観客を瞬時に江戸の街に連れていくことができると思います。昨年、フランスで披露して、大好評でした」

世界の人々が抱く日本人のイメージは、“ユーモアを解さない真面目人間” だそうだ。しかし、真面目な日本人をおよそ250年にわたって笑わせ続けてきた落語が、いま、新たな進化を遂げ新たな笑いを世界に広げようとしている。