Home > Highlighting JAPAN > Highlighting Japan August 2017 > 日本のデザイン

Highlighting JAPAN

スポーツカーのようなトラクター

色鮮やかでスポーツカーのようなトラクターが日本の農業風景を一変させようとしている。

これまで農業機械に求められてきたのは、馬力や性能、機能や安全性であり、故障が少なく作業効率の良さ―。それに加えて、デザインという新たな価値を提供する取り組みを始めたのが、大阪市に本社を置く農業機械メーカー、ヤンマー株式会社である。同社は、農業という領域に誰も考えることのなかったデザインで革新を起こした。

2012年、ヤンマーは創業100周年を迎え、次の100年に向けて議論を重ねる中でデザインとブランディングというキーワードが浮上した。これを具現化すべくプロジェクトを立ち上げ、グラフィックデザイナーの佐藤可士和さん、工業デザイナーの奥山清行さんに協力を求め、同社の主力商品であるトラクターやコンバインはもちろん、ありとあらゆる製品のブランディングのためのデザインを中心に取組んだ。

2013年、同社はプレミアムブランドプロジェクトの一環としてコンセプトトラクター「YT01(Y-CONCEPT YT01 ADVANCED TRACTOR)」を発表した。

同社のデザイン責任者は、KEN OKUYAMA DESIGNである。代表の奥山清行さんは、海外でKen Okuyamaとして知られ、ポルシェやフェラーリのデザインに携わってきた。優れた機能と性能を持ち合わせたスポーツカーのようなデザインは大きな反響を呼んだ。

ヤンマーの広報担当、坂田直輝さんは「奥山さんは農家の生まれで農業への関心や愛着もありますから、トラクターやコンバインのデザインだけではなく、使い手のことを考えた乗り心地や操作性まで、総合的にプロデュースしていただくことができました」と説明する。

実際、奥山さんは、デザインを起こす前に、何度も農業の現場に足を運び、自らトラクターを運転、操作し、構想を練った。

このコンセプトトラクターに込められたビジョンを具現化し「YTシリーズ」として量産化する段階で、ヤンマーが100年かけて培ってきた技術力が余すところなく発揮された。

「通常、コンセプトモデルを市場向けに販売する時にはデザインが変わっていくものですが、開発チームには可能な限りコンセプトに忠実に製品を完成させるという気持ちが強く、量産化のためのデザインから製造関係者が一体感を持って開発に取り組みました」と坂田さんは語る。同社の100周年という節目に加え、奥山さんのデザインがチームのエネルギーを引き出した。

トラクターが話題となり好評を博す中、農地の狭い日本の農業にマッチした中型トラクターYT3シリーズが、2016年度グッドデザイン賞で金賞を受賞した。これは海外のホビー農家にもマッチするサイズであり、北米ではすでに販売を開始している。

日本の農業は、高齢化、担い手不足という大きな課題を抱えている。

「農業機械を通じて日本の農業に100年間取組んできた弊社が、次の100年に向けて農業を新しい形に変える、農業のイメージを変えていく、農業を持続可能なものにしたいという思いがあるのです。トラクターのデザインはその一つの取組みです」と坂田さんは語る。

ヤンマーの社員は、高齢の農業従事者たちから「格好いい農業がしてみたい」と息子が農家を継いでくれたという話も聞く。デザインが農業の抱える問題に与えるインパクトは大きい。

「東京モーターショーのインパクトも大きかったのですが、2015年には大阪を代表する街路である御堂筋をフェラーリ100台が走行するパレードがあり、それをヤンマーのトラクターが先導して、大きな話題になりました。」と坂田さんは言う。

こうしたイベントを通じ、トラクターに直接関わりのない人々や子供たちにも農業について何かを考えるきっかけになるかもしれない。デザインを前面に出しながら、告知と刺激と反響のサイクルの中から次の100年を見据えることが重要だと坂田さんは語る。

デザインに取り組む以前から、同社はトラクターの操作パネルの配置や運転座席など、人間工学に基づく研究開発を続け、肌理細かい作り込みをしていた。

加えて、デザインの良さも備えたYTシリーズ誕生によって、ヤンマーは一つのアイデンティティを手にした。今後、同社はアイデンティティを一層明確にするため、トラクター以外でもデザイン性の統一で企業価値の向上に取り組んでいくこととしている。それが日本の農業の抱える問題に対する一つの回答になるかもしれない。