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Highlighting JAPAN

 

コーポレートガバナンスを変革する


ニコラス・ベネシュ氏は、公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)※1の代表理事であり、上場企業の企業統治の指針である「日本版コーポレートガバナンス・コード」策定に当たり初期提案者として助言を行ってきた。対日投資の現状について、コーポレートガバナンスと経営体制の観点から話を聞いた。

日本でのポートフォリオ投資(分散型投資)に関するガバナンス改革のこれまでの効果についてどのように評価していますか?対日直接投資への効果についてはどうでしょうか?

自己資本利益率(ROE)の増進や企業戦略の合理化の非常に具体的な成果という点では、これまでの効果は微々たるものです。もっとも、どこの国でもコーポレートガバナンス改善の利益が現れるには時間がかかるので驚くことではありません。

一般の態度を変え、変革を加速させるために必要な基本インフラを整備する点で、日本は多大な進展を遂げてきました。日本のように短期間でコーポレートガバナンス・コードを整備した先進国はほとんどなかったと思います。そして、今や書店には表紙に「ガバナンス・コード」や機関投資家向けの行動原則である「スチュワードシップ・コード」、「ROE」、「投下資本利益率(ROIC)」のような言葉が踊る本があふれています。つまり、様々な「大変革」が今起こりつつあるのです。

現状の課題は、 (a) 政府はこれまでの改革の勢いを持続させ、次の段階として必要な政策を導入できるか、(b) 国内外双方の機関投資家は実際に新しいインフラを利用して企業に影響力を十分に行使できるかです。機関投資家に求められるのは、効果的なガバナンス方針を打ち出した企業を評価し、そうではない企業の取締役を再任しないよう株主議決権を積極的に行使することです。

直接投資改革の効果が現れるには時間がかかるでしょう。効果が現れるのは、企業が重要度の低い関連会社や持ち株を、海外企業への転売を扱う海外企業やプライベートエクイティファンドに売却するよう戦略を集中してからになります。

どのような改革が「効果的」なのですか?  そうでない改革とは?

改革の一部は明らかに好影響をもたらしています。概して、「コーポレートガバナンス」を無視できるとみなす企業はもはや多くありません。コーポレートガバナンス・コード創設で、ガバナンス向上は今や「必要かつ望ましいこと」と受け止められています。経営方針や実務慣行の開示、「複数の社外取締役」指名要件、取締役会の自己評価プロセス実施原則に見られるコードの具体的な機能によって、多くの企業でガバナンスの実務が様変わりし将来的な変革の基礎となっています。

しかし、投資家側が規律を重視しない場合、ほとんどの企業がガバナンス・コードに記載された多くの重要な概念に対しミニマリストの姿勢、たいてい無気力な態度で臨むでしょう。取締役の候補を決定する指名委員会や取締役の指名資格要件、取締役研修の活用などがその例となるでしょう。

私が思うに、十分に効果が上がっていない改革プロセスの一端は、車輪に例えると「スチュワードシップと株主としての企業に収益改善を求めたり、配当増額を求めたりするようなエンゲージメント」のバランスです。機関投資家が必要とするのは、彼らが期待するコーポレートガバナンス実務が書面に具体的かつより明確に例示されることです。しかし現状はそうした対応をとっていないところがほとんどです。

日本の企業改革の次の段階において、企業が対処すべき問題とはどのようなことですか?

指名委員会は独立社外取締役のみで構成されなければ投資家から信頼を得られないということを、企業は認識しなければなりません。次に、身内の話し合いや主観的評価ではなく、客観的な業績評価に基づいた健全な幹部の競争なくして、どんな指名あるいは幹部指名プロセスも効果なしと理解することです。

将来的に、管理職報酬の大部分は業績に結びついたものとなるでしょう。企業は、人事方針を改革し迫り来る現実に適応しなければなりません。現在、多くの日本企業では、社外含め世界中から最高の人材を引き寄せ、傑出したグローバル企業として経営管理を託す執行役として、外国人や女性を含め評価・昇進させる人事制度がありません。

時代に見合う基準でしかも機能する人事の実務慣行と制度を設計できない執行役には、さらなる厳しい議決権代理行使という罰が下ることになるのは時間の問題に過ぎません。

政策面で対処されるべき問題とはどういったことですか?

現時点では、何が「ベストプラクティス」になるのかなどをより明確にするコーポレートガバナンス・コードの改正が必要です。コードには大多数の取締役が「ルールに従え、従わないのであればその理由を説明せよ」の原則のもと、高度な資質を備えた独立社外取締役であるべきだと明記されなければなりません。BDTIと株式会社メトリカル(コーポレートガバナンス調査会社)、研究者が他国の状況を調べた調査では、日本でもそのような企業の業績が他社を上回っていることが明らかになっています。

先般のスチュワードシップ・コード改訂は、とりわけ署名機関投資家がそれぞれの代理議決権の記録を詳細に開示すべきとした全体提言は前進でした。とはいえ、投資家による集団的エンゲージメントに関するより明確な「聖域」規則が求められるところです。

何よりも関係者全員が認識すべきことは、企業年金基金の大多数が根本的にスチュワードシップ・コード遵守に署名を求められない限り、完全な成功はあり得ず、そうしたファンドの受託者責任の指針となる「日本版エリサ法※2」が存在するという点です。年金基金は資金運用管理会社の最大の資金源であるため、資金運用管理会社は年金基金には耳を傾け、求められればその「声」をさらに聞き入れるでしょう。それでもこれまでのところ、このスチュワードシップ・コードを受け入れたのは非金融会社の年金基金一つだけで、ほとんどの企業は象徴的な二大企業であるトヨタやパナソニック系の企業年金基金がコードに署名するのを見守る姿勢をとっています。企業がそれ以外の点で従業員を大事にするという国であれば、こうした状況は起こらないはずです。

機関投資家と企業幹部は改革の進捗ペースに足取りを合わせていますか?

率直に言えば答えはノーです。投資等式の両辺(投資の両サイド)でさらに深く学ぶ姿勢がなければなりません。ただ、取締役会で職責経験のある資金運用管理会社はごく少数であるため、エンゲージメントと積極的な代理議決権行使にどう取り組むか確信が持てないのです。投資家からさらに圧力がかからなければ、企業の多くはガバナンスと取締役研修対応を必須課題として真剣には考えないでしょう。

プラス面ではどういったことがありますか?

その利点は膨大です。日本においてガバナンスの機能性が最大限引き上げられれば、平均自己資本利益率と長期的な企業生産性はともに倍増すると思われます。日本がその勢いを持続できず、そのような対応を実現できなければ、マイナス面もまた大きくなります。

(注)
1 公益社団法人会社役員育成機構(BDTI)は、コーポレート・ガバナンスの向上を通して日本企業および日本経済の健全な発展に寄与することを目的として2009年に設立された日本で唯一の公益法人。なお、ベネシュ氏の見解は同氏個人のものであり、他のいかなる組織の見解を反映するものではありません。
2 米国において1974年に制定された企業年金制度や福利厚生制度の設計や運営を統一的に規定する連邦法。Employee Retirement Income Security Act(従業員退職所得保障法)の頭文字をとってERISA(エリサ)と呼ばれている。