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Highlighting JAPAN

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特集復興する日本で出会った人々

ようこそ澤の屋へ(仮訳)

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「旧き良き時代への回帰」という表現が、澤の屋を最もよく説明する言い方かもしれない。澤の屋は1949年に創立された伝統的な日本の宿(旅館)で、これまで30年間にわたり外国人客をもてなしてきた。そうした状況は、海外から日本へやってくる旅行客が減少した後の今でさえ当てはまるように見受けられる。澤の屋は、「谷根千」と呼ばれる東京の下町にある。「谷根千」とは谷中、根津、千駄木からなる地域を総称したもので、職人や寺院、古い江戸(東京の旧名)の古風で趣きがある魅力で有名な場所だ。澤の屋に宿泊する旅行客は、畳の上に敷かれた布団の上で寝ることや他の客と一緒に風呂に入るなど、昔ながらの日本風様式を体験することができる。この旅館の主人である澤功氏によると、3月11日の大震災後は宿泊希望者の順番待ちリストがいく分減ったものの(地震後の1ヵ月ほどは、澤の屋でさえ宿泊客が全くない日が何日かあった)、客足は回復してきているとのことだ。

実際の数値で見ると、4月の平均客室利用率は澤の屋が「外国人に好意的」な宿だと宣伝してこのかた30年で初めて50%を割り込んだ(3月の平均利用率は、3月半ばいっぱいまで満室だったことから51%だった)。主人の澤氏は、5月になってから宿泊客が本格的に戻り始めていることを強調している。宿泊客の内訳を見ると、その多くが澤ファミリーと親密な関係にあるリピーターだけでなく、新顔の客もいる。この宿の利点をすぐさま見いだしインターネットで予約を入れ初めて訪れる客のうち、そのほとんどが澤の屋で素晴らしい体験をしてまたここに来て泊まりたいと言っている。

澤氏の話によると、この宿の宿泊客のほとんどは個人の旅行者で、ガイドブックや他の手段で情報を得てどこに泊まるのかを自分で決めている。そのため、代理店による大量の予約キャンセルが澤の屋に影響を及ぼすことはほとんどないということだ。

いつものある月曜日に宿を訪れると、フランス、スイス、シンガポール、アメリカ、イギリスの各国からやってきた海外の宿泊客がいた。

ジーン・K・ウィルコックス教授は、1993年以降澤の屋を頻繁に利用している宿泊客で、神戸から戻る途中にこの宿に立ち寄った。神戸ではアメリカから来た彼女の学生たちと二週間半ほど過ごしましたが、状況はいつもと変わらないことが分かったという。

ウィルコックス教授は、日本国外で飛び交うニュース報道は多分に誇張されていると語った。彼女は姫路も訪れており、関西の状況は全く普段通りだということが分かったそうだ。彼女が東京で気付いた唯一の違いは、電力需要を緩和するためにとられた節電の一環として一部のエスカレーターが止まっていたことだ。ウィルコックス博士は、澤ファミリーのもとで滞在することは第二の故郷へ戻るようなもので、もし機会があれば今年中にまた来て澤の屋に泊まりたいと言っている。

マイケルという名前のイギリス人男性は、インドネシアで3年間教職に就いた後日本にやってきた新顔の宿泊客だ。彼によると、澤の屋での滞在は穏やかでよく眠ることができたそうである。マイケルは日本に行きたいと常々思っていたのですが、自分で調べた情報源に基づいて安全だと判断し、日本の状況がどうなっているかを見るならこの時期だと考えたのだ。彼の予想通り、日本は快適に滞在できる場所だと分かった。この時期の湿気については、インドネシアから来たので日本の気候は全く問題ないと笑った。

もう一人の新客は伝統的な中国漢方薬局のオーナー、ダレル・モクで、彼は妻とともに休暇を過ごしにシンガポールから日本へ初めてやって来た。彼は春の時期に日本を訪れることに関心があったのですが、日本の素晴らしさが分かったと語った。文化や清潔さ、とりわけ言葉の違いがあるにもかかわらずとても親切な日本人が気に入ったそうである。彼らは、澤ファミリーの親切さや宿の設備にも感銘を受けたという。渋谷と原宿、それに近隣の上野や秋葉原のショッピング街を訪ねたモク夫妻は、今度は子供たちを連れてまた澤の屋に戻ってきたいと言った。

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