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Highlighting JAPAN

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特集震災から1年:被災地で活躍する外国人

子ども達に笑顔を(仮訳)

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日本の学校では、数多くの外国語指導助手(ALT)が教室で活躍している。宮城県の石巻をこよなく愛するアメリカ人のALTであるジェイク・ディレクターさんをジャパンジャーナルの澤地治が報告する。

「Hello, how are you today?」

「I'm fine!」

ジェイク・ディレクターさんが授業の始まりに挨拶すると、中学1年生5名の生徒は皆元気よく答えた。

ディレクターさんはここ、宮城県石巻市の荻浜中学校の外国語指導助手(ALT)だ。校舎2階の教室には暖かな日差しが降り注ぎ、窓からは穏やかな海がきらきらと輝いているのが見える。

わずか5名のクラスだが、授業中、生徒達はおどけたり、笑ったりと賑やかだ。

「ジェイクさんは優しいし、授業も楽しいです!」と生徒の一人は言う。

アメリカのメーン州出身のディレクターさんは高校生の時に青森県青森市の高校に1年間留学した経験を持つ。数多くの友人を作り、日本語も上達したディレクターさんは、将来は日本で働きたいと思うようになる。そして、アメリカで大学を卒業した後、日本でのALTを志望したのだ。

「応募するときに、東北で働きたいという希望を出しました」とディレクターさんは言う。「自然が素晴らしく、食事も美味しいし、生活のペースも私に合っているのです」

2010年8月からディレクターさんは荻浜中学校を含めた8校の小中学校で英語の授業を担当するALTとして働きはじめた。いずれも、太平洋に突き出した牡鹿半島の入り江に点在する全校生徒で7〜68名程の小さな学校だ。

しかし、ALTとして石巻で働き始めてから約半年後に東日本大震災に遭遇する。牡鹿半島は震源地に最も近い陸地であった。地震から30分ほどで、高さ7mを超える津波が押し寄せた。幸い、自宅近くにいたディレクターさんは高台に避難し、津波には巻き込まれず、彼の生徒も全員無事であった。しかし、石巻市中心地とつながっている道路が寸断され、3日間は携帯電話も通じず、十分な食料も得られなかった。

その後、ディレクターさんは一時、アメリカに帰国するが、石巻で学校の授業が再開されると石巻に戻り、授業だけではなく、瓦礫の撤去などのボランティア活動にも積極的に参加した。

「次の地震のことは心配していません。地震自体は特に危なくありません。」とディレクターさんは言う。「地震の後の津波は危険ですが、東日本大震災のときの経験は次の防災に活かせると思います。地震が起きても、直ぐに高台に逃げれば、津波に巻き込まれることはないでしょう」

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