Home > Highlighting JAPAN > Highlighting JAPAN 2012年6月号 > 夢の光(仮訳)

Highlighting JAPAN

前へ次へ

特集世界に広げる「ライフ・イノベーション」

夢の光(仮訳)

English

2012年3月、理化学研究所播磨研究所の「SACLA」がついに供用運転を開始した。ここで生みだされるのは世界最短波長0.063nm(ナノメートル=10億分の1メートル)を誇るX線自由電子レーザーだ。未知の世界を照らし出す「夢の光」の可能性について、所長をつとめる石川哲也氏に佐々木節が聞いた。

X線自由電子レーザー(以下、XFEL)は、X線とレーザーの特性をあわせもつ強力な光で、これを用いると原子や分子の瞬間的な動きまで観察することができる。科学界では1980年代からその理論的可能性が唱えられてきたが、実現までには数多くの困難なハードルがあり、「夢の光」とまで呼ばれていたのだ。

そのXFELを作り出す施設として、世界で2番目に稼働しはじめたのが兵庫県播磨学園都市にある理化学研究所播磨研究所のSACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Laserの略)である。2006年、国家基幹事業のひとつとして整備の始まったSACLAは2011年度に完成、調整運転の段階で、世界で初めて波長1オングストローム(0.1nm)の壁を突破し、今年3月からは施設を広く研究者に提供する供用運転も始まった。

「SACLAの特長の一つは、施設全体がとてもコンパクトであることです。300社を超える日本企業の協力で、X線レーザーを生みだす装置から建屋にいたるまで、厳選された素材、高度な技術、極めて高い精度で作り上げました」と石川哲也所長は語る。

アメリカで稼働中のX線自由電子レーザー施設が全長約2キロ、ドイツで建設中のものが全長約3.4 キロあるのに対して、SACLAの全長は700メートルだ。

施設が小さくなれば、当然、工期や建設費用は低く抑えることができる。現在、世界各国でXFEL施設は国家プロジェクト的な位置づけで建設や計画が進められているが、それはコンパクトかつ低予算で完成したSACLAの影響が大きいといえる。

SACLAでは、現在、国内外から公募された25件のテーマで研究が行われている。タンパク質の構造解析や生体細胞の仕組みの解明、電子や原子の超高速挙動の観測といった分野で大きな期待が寄せられている。

中でも、もっとも成果が期待されている分野の一つが創薬だ。人間の体は数万種類のタンパク質で構成され、その内、約30%が、細胞や核、ミトコンドリアなどの細胞小器官の生体膜に付着している膜タンパク質である。市販薬の半数以上は、この膜タンパク質をターゲットにしてつくられているが、膜タンパクが、どのような構造になっているか、ほとんど分かっていなかった。しかし、SACLAを使えば、生きたままの細胞構造を実際に見ることができるのだ。これにより、どのように薬が膜タンパク質に作用するか検証でき、治療効果の高い薬を作ることが可能になる。

「いままで人類が見ることのできなかったものが見えるようになったわけですから、そこからどんな発見や成果が生まれてくるか、われわれにも予測がつかないのですよ」と石川氏は言う。

さらにこの2年間のうちには、SACLAのデータ解析システムを神戸ポートアイランドにある世界最高性能のスーパーコンピュータ「京」と直結する予定で、そうなれば研究のスピードはより一層加速する。供用運転の開始から2か月あまり、いまのところ具体的な研究成果はまだ発表されていないが、未知の世界を照らし出す「夢の光」により、これから、ノーベル賞級の発見や発明が次々生まれていくことも決して夢ではなくなってきたのだ。

前へ次へ