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Highlighting JAPAN

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連載|日本の伝統を受け継ぐ外国人

漆の無限の可能性を求めて(仮訳)

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石川県の「輪島塗」は600年以上の歴史を持つと言われる日本を代表する漆器である。輪島塗の最大の特徴は、地の粉(珪藻土の一種からできたもの)を漆に混ぜて木に塗り重ねることで生じる「堅ろうさ」だ。その輪島塗の漆作家として活躍しているのがイギリス人のスザーン・ロスさんだ。石川県輪島市の山間にある、牛舎を改装して作ったロスさんの工房に、山田真記が訪ねた。

ロスさんが漆に出会ったのは、ロンドンの美術大学でデザインアートを学んでいた19歳の時だった。当時の彼女の興味はアールヌーボーやアールデコにあり、将来はインテリアデザイナーになってパリで暮らすのが夢だった。そんなある日、ロスさんはロンドンの王立芸術院で催されていた日本の江戸時代(1603〜1868年)の美術品の展覧会に足を運んだ。

「きっかけは、王立芸術院での展覧会だからちょっと見に行ってみるかというくらいの軽い感じだったんです。そこで出会ったのが蒔絵の硯箱でした。まさに一目惚れでしたね。黒の光沢の深い味わい、金粉と貝で描かれた絵柄と地色の黒との見事なコントラスト。漆の持つ美しさに完全に心を奪われたんです」とロスさんは言う。

ロスさんは、漆工芸を勉強しようと、大学卒業後、日本にやってきた。

「漆塗りはペンキ塗りと同じようなものだと思っていたんです。3ヶ月ぐらい勉強すれば十分だろうと。それはとんでもない間違いでしたね。まさか日本に住み続け、日本で子供を産むことになるなんて、この時は思ってもいませんでしたよ」とロスさんは言う。

ロスさんは、木曽漆器の長野県や鎌倉彫の神奈川県鎌倉市など、いくつかの漆工芸品の産地を訪ね、漆工芸がいかに難しく、また奥深いものであるかを知った。そして、ある人の勧めで、石川県の輪島市にやって来て、蒔絵の職人に弟子入りしようと試みた。何度も職人のもとを訪ねるうちに、ようやく職人から出た言葉が、「輪島塗には100以上の工程がある。あなたはそのうちのどれをやりたいんだ?」。これに対してロスさんは「全部です」と答えると、職人は「1つの工程を身につけるのに3年はかかるんだぞ」と諭されてしまった。

結局、基礎的な技術を学ぶためにまず、石川県立輪漆芸技術研究所に入学した。ロスさんは蒔絵の技術を中心に5年間学んだ後、一度独立。漆作家として10年間活動した後、より深く漆の世界を学ぼうと、再び、同研修所で4年間学んだ。

ロスさんの夢は、ただ単に輪島塗の伝統や技法を守り続けることだけではない。むしろ輪島塗の新しいスタイルに挑戦し続けている。輪島塗の伝統である椀や蒔絵だけではなく、まったく新しい輪島塗の作品を次々と生み出しているのだ。

「私は漆工芸の限界がどこにあるのか常に探しています。たとえば、漆塗りの携帯ミュージックプレイヤー用ケースを作ったり、天使の羽の形の位牌を作ったりしている。好きな形に簡単に成形できるようにカーボンファイバーを使うこともある。どれもこれまでの輪島塗では考えられなかったことなのです。また、漆工芸では分業が当たり前なのですが、私は素材探しから販売まで全てを一人でこなしています」とロスさんは言う。

ロスさんの作品は多くの人に受け入れられ、今では全国から注文が殺到するようになった。

「音楽にしても絵画にしても、本当に感動すると、その瞬間、自然と、自分が完全に無の状態になると思うんです。一生のうち1つは、そんな気持ちになれる、そして、本当の人間らしさがある無の境地に、人々を誘う作品を作りたいです」

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