Home > Highlighting JAPAN >Highlighting Japan November 2014>47の物語

Highlighting JAPAN

previous Next

連載 47の物語

島根

銀と海の遺産 (仮訳)




日本があまり知られていなかった時代から、現在の島根県にある石見の名前はアジア・ヨーロッパの貿易商人の間では知れ渡っていた、と大田市に住むバイリンガルガイドの畑美恵氏は語る。石見が知られていた理由はこの大田市にある。石見銀山だ。世界遺産に登録されているこの銀山は1526年に開山し、1923年に閉山する まで4世紀にも渡り、大量の銀を産出した。実際、16世紀半ばから17世紀前半の全盛期には、世界の産銀量の約3分の1を占めた日本銀のかなりの部分が石見銀山で産出されたものだったと考えられている。多くの鉱山と違って石見銀山は周囲の森の大半が保存されていて、そこを流れる小川の水は清らかに澄んでいる。畑氏は銀山の構造はまるでアリの巣のように複雑だという。トンネルは全部で650を超えているが、現在一般に公開されているのはそのうち2つだけだ。龍源寺間歩(トンネル)は容易に入ることができ、中には照明と平らに舗装された通路があり、全長600メートルに渡るトンネルの4分の1まで入ることができる。二つ目のトンネル、大久保間歩に入るには、訪れる人は申込をして、ヘルメットと長靴を装備して見学することができる。

石見銀山世界遺産センターは鉱山の歴史を知るにはいい場所だ。外国からの客は入場料が日本人より100円安くなるばかりか、展示内容の説明を英語、中国語、韓国語で見ることができるiPadを無料で貸し出してくれる。また、町並み散策には、英語、中国語、韓国語対応の音声ガイド機(有料)の貸し出しもある。

16世紀、韓国や中国に向けた銀は、日本海に面した二つの港、沖泊または鞆ヶ浦に運ばれた。鼻ぐり岩と呼ばれるかつては舟を係留するために使った突き出た岩を見ることができ、これはどちらの港にもある。

港は世界遺産に登録された温泉街、温泉津に富をもたらした。温泉津は石見銀山よりもずっと古く、1300年の歴史を持ち、その温泉はリウマチやアレルギー疾患などに治療効果があると言われている。町のメインストリートを歩けば見事な古い建築や伝統的な日本の宿屋を眺めることができる。

大田市には現代的なみどころもある。仁摩サンドミュージアムでは世界最大の砂時計が一年の時を刻んでいる。この博物館には様々な展示物があり、約 100の大きさの違う砂時計や200種類の日本の砂、100種類の世界各国の砂がある。

大田市では、銀山の観光に大森の散策を加えるのも素晴らしいアイデアだ。大森はかつての銀山の町の中心で、当時の代官や商人、職人など銀山関係施設で働く者たちの住んでいた町でもあった。

今でも古風で趣のある住宅と店とカフェのある町には400人ほどの住人が住んでいる。1801年に建てられた、堂々たる、みごとに保存された熊谷家住宅は一見の価値がある。日本の重要文化財に指定されているこの住宅は、江戸から明治の時代の多くの工芸品がそのまま置かれている。

県の観光振興課の田邊和佳子氏は、少しゆっくり滞在して島根のすべてを見ることを奨める。「もちろん海外からの観光客はまず東京や京都のような場所を見たいのはわかります」と彼女は言う。「でももし本当の日本をもっと知りたければ、旅行のプランに是非島根を加えていただきたいですね。」



previous Next