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Highlighting JAPAN

視覚障害者に「見る」喜びを

光デバイスのベンチャー企業「QDレーザー」は、視聴覚障害者の視力を大きく改善する軽量のメガネを開発した。

QDレーザーは2006年に設立された半導体レーザーのベンチャー企業だ。社名の「QD」は量子ドットに由来する。量子ドットは富士通と荒川泰彦東京大学教授が共同で開発した、大きさがナノメーターサイズの半導体微粒子だ。QDレーザーの開発した量子ドットレーザーなどの高効率半導体レーザーは、光通信、加工、センサー、計測、ディスプレイなどの幅広い分野で活用されている。

このQDレーザーが荒川教授と共同で、これまで培ってきたレーザー技術を活かし、従来とは全く異なる分野の製品を完成させた。それが「網膜走査型レーザーアイウェア」だ。レーザーアイウェアは視覚障害者向けのメガネである。

「自分達の技術を使って、新しい価値、市場を作りたいと思い、2012年からレーザーアイウェアの開発を始めました」とQDレーザーの菅原充社長は言う。「レーザーアイウェアによって、視覚障害者、特にロービジョンの方々の生活の質を劇的に改善させることができます」

ロービジョンは、病気やケガによって、視力が落ち、メガネでも十分な矯正ができない状態のことだ。拡大鏡を使うと文字を読める人もいるが、ロービジョンは日常生活や仕事に大きな障害となっている。世界保健機構(WHO)はロービジョンを、矯正メガネを使っても視力が0.05以上、0.3未満と定義している。日本ではロービジョンの人が145万人、アメリカには290万人、世界中では数千万人いると言われている。

レーザーアイウェアの基本的な仕組みは、メガネの前方に付いたカメラで撮影した映像を、超小型レーザーを使って、眼球奥の網膜に投射するというものだ。レーザーを網膜に投射するという技術は1990年代初頭にアメリカで開発され、2000年代初頭に製品化もされた。しかし、非常に大型のメガネであったため、普及することはなかった。

一方、レーザーアイウェアは300グラムのコントローラーを50グラムのメガネにケーブルで接続して使う。メガネは通常のサングラス程度の大きさだ。QDレーザーが独自に開発したレーザー技術や光学技術が小型化、高性能化を可能にした。レーザーアイウェアは映像を直接レーザーで網膜に投射するので、通常、人が物を見るために必要な、角膜のレンズ機能や水晶体のピント合わせ機能に依らずに、物を見ることができる。つまり、水晶体や角膜に問題があっても、正常な網膜や視神経があれば、はっきりとした映像を見ることが可能だ。加齢黄斑変性のように、網膜の一部に異常があっても、正常な部分の網膜にレーザーを投射すれば、問題はない。レーザーは当然、網膜に直接、何時間も投射してもまったく害のない程の強さである。

現在、日本とドイツで臨床研究が行われており、レーザーアイウェアの効果が確認されている。例えば、ドイツのエッセン大学病院で行われている臨床研究では、事故により両目の視力が0.028まで低下してしまった若者の視力が、レーザーアイウェアを装着すると、0.25という読書も可能なレベルまで矯正されている。

「私たちはレーザーアイウェアを日本、アメリカ、ヨーロッパの展示会で紹介していますが、非常に大きな反響を得ています」と菅原氏は言う。「『生まれて初めてはっきり物が見えた』といった喜びの声を聞くと、とても嬉しくなります」

レーザーアイウェアのコントローラーは他のデジタル機器と接続可能になっている。スマートフォンに接続すれば、スマートフォンの映像や文字情報が、目の前にはっきりと浮かび上がってくる。

レーザーアイウェアは「Retissa」という商品名で、来年中には、日本、ヨーロッパ、アメリカで一般に発売される予定だ。価格は当初、50万円程度を想定している。

今後も、QDレーザーはレーザーアイウェアの改良に引き続き取り組んでいく。大きな改良点は小型化だ。現在、1000mWの消費電力を、2018年には80mWまでに低下させることを目標にしている。それが達成できれば、コントローラーやケーブルも必要なくなり、メガネのみで操作が可能になる。その鍵となるのがレーザーだ。

「レーザーが進歩すれば、レーザーアイウェアも進歩します」と菅原氏は言う。「将来的には、遠くを見えるようにしたり、暗くても物が見えるようにしたりと、視覚機能の向上につなげていきたいです」