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Highlighting JAPAN

東九州メディカルバレー構想

東九州では産官学が協力して、特に血液分野における医療を向上させる「メディカルバレー」の構築を進めている。

東九州の宮崎県と大分県には、血液や血管に関する医療機器を製造する企業が集積している。例えば、旭化成メディカルMTは大分市と宮崎県延岡市に5つの医療機器の工場を持ち、そこで製造される、透析医療に不可欠な血液浄化器、安全な輸血用血液製剤製造に必要な白血球除去フィルターやウイルス除去フィルターは、世界1位のシェアを誇っている。また、宮崎県日向市にある東郷メディキットの3つの工場では、カテーテル、透析や点滴で使用される留置針が製造されており、静脈用留置針は日本1位のシェアとなっている。大分県に3つの工場を持つ川澄化学工業は、透析用血液回路や血液バッグ製品を製造しており、血液バッグ製品では日本1位のシェアを誇る。

これらの企業以外にも、大分県の立命館アジア太平洋大学、大分大学、宮崎県の宮崎大学や九州保健福祉大学など、医療技術の研究開発に力を入れている大学も立地している。

こうした東九州の特性に着目し、2010年に宮崎県と大分県は「東九州メディカルバレー構想」(以下、メディカルバレー構想)を共同で策定した。メディカルバレー構想は、「研究開発」、「医療技術人材育成」、「血液・血管に関する医療」、「医療機器産業」の4つの拠点作りを大きな目的としている。

「4つの拠点作りを通じて、幅広い医療産業の集積、東九州の経済活性化を目指します」と宮崎県産業集積推進室の川内健二氏は言う。「そして、医療技術を通じた、アジア諸国への貢献も行います」

経済成長の続くアジア諸国では、高度な医療技術に対する需要が高まっている。宮崎県と大分県が特に注目しているのがタイである。タイはASEAN諸国の中でも比較的医療水準が高く、海外から治療を受けに訪れる人も多い。しかし、タイには、日本の国家資格「臨床工学技士」に相当する資格や制度がない。日本の臨床工学技士は、血液透析、人工呼吸器などの医療機器の操作、保守、点検を行うが、透析治療の場合には、患者に針を刺したり、抜いたりすることも認められている。一方、タイでは、技師は患者に直接触れることはできず、医師や看護師がこうした役割を全て担っているため、医療機器の管理、保守、点検が充分に行き届いていないことも多い。

こうしたことから、宮崎県と大分県の産学官が協力し、2013年から医療技術人材育成の一環として、タイの腎臓内科医、透析看護師、技師を招き、透析関連の医療技術を中心とした研修を開始した。研修の目的は、講義や実習、企業・病院の視察を通じた、透析技術の向上、正確な医療機器の操作、保守、点検の習得である。これまで、タイから37名が研修のために来日している。

「研修生の皆さんは、日本の病院の透析技術の高さ、効率の良さに感銘を受けています」と川内氏は言う。「また、医療機器の製造現場での安全や衛生の管理にも、非常に感心していました」

タイにおける拠点作りも進んでいる。九州保健福祉大学は、今年度タマサート大学に開設される医療機器のトレーニングセンターに対して、医療機器の寄贈、教員の派遣などの支援を行うこととしている。将来的には、タイにおける臨床工学技士の資格・制度作りの支援も検討されている。

メディカルバレー構想のもと、アジアへの貢献のみならず、新たな医療機器の開発も進んでいる。その一つが、九州保健福祉大学が宮崎県内の企業と共同開発している自動たん吸引装置である。この装置の特徴は、人工呼吸器を付けたまま自動的にたんを吸引できることだ。従来のたん吸引器は吸引時に人工呼吸器をはずさなければならず、患者やたんを吸引する医療従事者に大きな負担となっていた。自動たん吸引装置は来年にも商品化される予定である。

「今後、日本のみならずアジアでも高齢化が急速に進みます」と川内氏は言う。「東九州の医療技術に対するニーズは、さらに高まっていくでしょう」