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Highlighting JAPAN

全ての人のためのオートクチュール

ファッションデザイナーの中里唯馬氏は、「マスカスタマイゼーション」のコンセプトを達成することを目指し、最先端の製作方法や繊維技術を活用している。

1985年東京生まれの中里唯馬氏は、世界のファッション業界で脚光を浴びている新進気鋭の日本人デザイナーである。わずか30歳にして2016年7月開催の秋冬パリ・オートクチュールコレクションに公式ゲストデザイナーとして選ばれ、日本人として史上2人目、森英恵氏以来12年ぶりのコレクションを発表。さらに翌2017年1月の春夏コレクションにも参加し、最先端のテクノロジーを駆使した作品を披露してファッション界を驚嘆させた。

彫刻家の父と彫金家の母の間に生まれた中里氏は、幼い頃から古典芸能や現代アートなど、様々な表現に囲まれて育った。高校時代は買った古着をリメイクして、個性を表現していたという。ある時、たまたま目にした新聞でベルギーの「アントワープ王立芸術アカデミー」のことを知って強く惹かれ、2004年、高校卒業と同時に同アカデミーのファッション科に迷うことなく入学した。

「フィルムのような素材や温度で色が変わる素材など、日本で提供してもらった最先端素材を授業に持ち込むと、先生をはじめ誰もが驚きました」と中里氏は語る。「こうした日本の素材は武器になるということが、当時から感覚的に気づいていました」

2008年に発表した卒業作品では、ドレスを広げると立体的な造形に変化する、『折り紙』のアイデアを取り入れ、世界的デザイナーのアン・ドゥムルメステール氏からInnovation Awardを受賞。学生時代にデザインした靴は、MoMu Fashion Museum Antwerpに永久保存されている。ドゥムルメステール氏のもとで働けないか打診すると、「あなたの作品にオリジナリティを感じて賞を出したけど、あなたの人生はイノベーティブではないの?」と切り返された。中里氏はこの言葉に後押しされ、2009年に自身のブランド「YUIMA NAKAZATO」を立ち上げ、「道なき道を進む」ことになる。

結果はすぐに現れた。まずはネットで卒業作品を目にしたThe Black Eyed Peasの女性ボーカルFergieのスタイリストからワールドツアーの舞台衣装のオーダーが入った。他にもLady Gagaの来日時の衣装、国内の人気ダンスグループの衣装、映画や舞台の衣装などを次々と手がけ、その積み重ねがオートクチュールに挑戦しようという決意につながっていった。

「オートクチュールはオーダーメイドの頂点ですが、それを着られるのはごく限られた人のみです」と中里氏は言う。「でも様々な最新テクノロジーを導入していけば、誰もが比較的安価にオーダーメイドの服を楽しめる可能性が生まれる。それこそ人類の衣服としては理想的ではないかと私は思っています」

中里氏は、制作に当たって3Dプリンターやカッティングプロッターといった最新機を導入し、布からパターン制作に入るのではなく、まったく新しい服作りのプロセスから考え出し服に仕上げていく。光によって色が変わるホログラムというフィルム素材を多用するのも大きな特徴だ。

2016年秋冬のオートクチュールコレクションでは、『UNKNOWN(未知なるもの)』をテーマに、空、海、オーロラなど自然現象の色の変化を表現。カットしたパーツを縫うのではなく金具でかしめて固定することで、様々な造形を創り出した。2回目となる今年の春夏コレクションではテーマをラテン語の『IGNIS AER AQUA TERRA(FIRE WIND WATER EARTH)』とした。一つひとつのパーツの表面にネジのオス・メスのような小さな凹凸を設け、それらをはめ込むことで、パーツ同士の固定・着脱を可能にした。様々なパーツを組み合わせることで作った、全12種類の光輝く衣装は大反響を呼んだ。

「今回は、マスカスタマイゼーション(個別大量生産)に向けて衣服の概念が覆る“ユニット・コンストラクティブ・テキスタイル”への実験的な試みでした。どんな体形にでも自在にフィットさせる新しい発想です」と中里氏は言う。「このシステムを活かして、世界中どこからでもオーダーできる服をなるべく早く発表したいと思っています。それをアップデイトしていく過程を発表するためにも、ここ数年はオートクチュールに参加し続けたいと思っています」