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Highlighting JAPAN

地域の宝、ローカル線

モータリゼーションと都市化という課題に直面する地方の鉄道会社は、その運行のために独創性が求められている。

「いすみ鉄道」は房総半島の太平洋側と内陸部とを結ぶ、総延長26.8㎞、駅の数が14の鉄道である。いすみ鉄道の前身は、1930年に開業した日本国有鉄道(現在のJR東日本)の木原線である。1988年に木原線は廃止されたが、民間と沿線自治体などの共同出資で設立されたいすみ鉄道株式会社が受け継ぎ、いすみ鉄道として運行してきた。しかし、いすみ鉄道は赤字経営が続いたため、地元自治体は、鉄道を廃止するか存続するかを、2008〜2009年の2年間を検証期間として判断することにした。

そうした状況の中、社長が一般公募されることとなり、2009年に社長に選ばれたのが鳥塚亮氏である。鳥塚氏は「ブリティッシュ・エアウェイズ」で旅客運行部長などを務めてきた経歴の持ち主だが、副業で鉄道DVDの製作会社を設立するほどの鉄道愛好家でもあった。

「平日のいすみ鉄道に乗っているのは高校生とお年寄りばかりです。車の免許を持った地元の人にとっては、鉄道より自家用車の方が遙かに便利です。『もっと鉄道を利用しましょう』と地元で呼びかけても、利用者が増える可能性はないわけです」と鳥塚氏は言う。「一方、東京を中心とする首都圏には約3500万人が暮らしています。もし、そのうちの1%の人が興味を持ち、3万5000人が実際に乗りに来てくれれば、いすみ鉄道の経営は十分に成り立ちます」

鳥塚氏は、都会から観光客を呼びこむために、トーベ・ヤンソンによる人気キャラクター「ムーミン」を車体に描いた鉄道を導入する戦略を立てた。

「ムーミンの舞台は、沿線に海や山、渓谷があり、車窓からのどかな田園風景が広がるいすみ鉄道の沿線とイメージがとてもよく似ています」と鳥塚氏は言う。「しかも、このアニメに夢中になっていた女の子たちは、現在30代から50代になっています。この世代は比較的、生活に余裕があるため、気軽にいすみ鉄道の旅を楽しんでくれると考えたのです」

こうしたキャンペーンが功を奏して、いすみ鉄道の輸送人員は増加に転じ、2010年には存続が決定した。ただし、高校生を中心とする定期利用者は年々減り続ける傾向にあるため、その後も鳥塚氏は観光客を呼び込む演出を次々と打ち出している。2013年には週末に地元の食材を使った料理やスイーツを提供するレストラン列車の運行を始めたほか、2015年には約50年も前に製作されたディーゼル列車を2両、当時のレトロなカラーリングのまま導入した。いわば「田舎の鉄道」であることをブランド力に変えたのだ。

最近では、いすみ鉄道は週末になると、熟年の夫婦や小さな子どもを連れた家族、さらにはカメラを携えた鉄道ファンで大いに賑わっている。また、本社のある大多喜駅では乗り継ぎの時間を利用して静かな城下町を散策する人も増えてきた。

「定期利用者を除いた輸送人員は毎年5〜8%の割合で増え続けています。何より嬉しいのは、乗客の増加が地域の活性化にもつながっていることです」と鳥塚氏は言う、「今後は、いすみ鉄道とセットにして、地元の農作物や海産物のブランド性を高めていくような試みも手がけていきたいと思っています。

鳥塚氏によると、いすみ鉄道の人気が高まるのに伴って、地元の人たちの鉄道に対する関心が高まり、自分たちの手で赤字の鉄道を守っていこうという声も以前より増えてきているという。

「ローカル線は地域の宝です」と鳥塚氏は言う。「都心から数十㎞しか離れていませんが、いすみ鉄道の沿線には今もリアルな日本の田舎がしっかりと息づいています。海外の方々にも、ありきたりの観光旅行に飽きたら、是非、来ていただきたいです」