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Highlighting JAPAN

リアルな鉄道体験

日本で開発された最先端シミュレータが、日本の鉄道の安全に重要な役割を果たしている。

「トレインシミュレータ」は鉄道の運転を映像や音で疑似体験できる装置である。ゲームコンテンツとしてだけでなく、プロの乗務員育成にも使われている。東京の「音楽館」は、限りなく実車に近い運転環境を再現できるトレインシミュレータを製作し、国内外で高い評価を受けている。

同社が製作するシミュレータの特徴の一つは、最新のハイビジョンカメラで撮影した実際の走行映像にCGを組み合わせたリアルな映像だ。また、線路の勾配による速度変化や、雨天時のブレーキ性能の低下、乗車率による車両の挙動変化まで忠実に再現できる。さらに、予期せぬアクシデントも任意に設定することが可能だ。

「乗務員の訓練のために、プラットホームでの転落事故、車両故障、信号故障など100以上の状況を用意しています」と音楽館社長の向谷実氏は言う。「訓練目的に応じてさまざまな状況を任意に発生させることで、非常時において乗務員がスピーディに、かつ的確に対応する能力を向上させることができます」

音声にも、同社ならではのこだわりがある。車両が発するモーター音や、線路のジョイント部を通過する際の音、踏切通過時の警報音のドップラー効果まで、場面に応じた音を運転状況に応じて忠実に再現できる。さらに、車両の走行スピードに応じて音の波形を微調整することで、すれ違う車両が加速している状態なのか、惰力で走っている状態なのかの違いまで再現するという。

「人間の聴覚は、非常にセンシティブです」と向谷氏は言う。「リアル感を追求するうえで、音声は映像以上に重要な要素なのです」

音に対する彼のこだわりには理由がある。向谷氏は、1977年に結成された日本を代表するフュージョンバンド「カシオペア」の元キーボード奏者として知られ、今も音楽活動を続ける現役ミュージシャンだ。向谷氏は、「音楽家だけで一生を終えるのはもったいない」と、1985年に業務用録音機材のリース会社として音楽館を設立した。子供の頃から大の鉄道好きだった向谷氏は、実写映像を使った鉄道運転シミュレーションゲームを1995年に発売し、大ヒットさせた。これが、その後の乗務員教習用のシミュレータ開発につながっている。

音楽館のシミュレータは、展示用として一般の人々にも楽しまれている。例えば、埼玉県さいたま市の鉄道博物館には、京浜東北線、高崎線の電車のほか、日本で最も人気のある蒸気機関車の一つ「D51」のシミュレータが展示されている。D51のシミュレータは、150インチ2面のスクリーンを持ち、蒸気機関車独特の運転操作と揺れも再現している。

音楽館が製作するシミュレータは、海外でも注目を集めている。2014年9月にドイツ・ベルリンで開催された国際鉄道技術見本市「イノトランス」の東日本旅客鉄道(JR東日本)ブースには、同社が手がけた東北新幹線「E5系」車両のシミュレータが展示された。JR東日本の新幹線で使われているデジタル方式の自動列車制御装置「DS-ATC」の動作も忠実に再現。地震発生時の非常ブレーキなど6つのシナリオを搭載しているほか、日本語・英語の2言語に対応している。同見本市では2時間待ちになるほどの反響を呼んだ。フランスの高速鉄道TGVやドイツのICEの乗務員たちも新幹線の運転を疑似体験し、その安全性能の高さに驚嘆したという。このE5系シミュレータはその後マレーシア、インド、シンガポール、アメリカなど世界各国の展示会を回り、2015年7月に東京で開催された「世界高速鉄道会議」でも展示の目玉となった。

「日本の鉄道は“安全性”で大きな優位性を持っています。それを支えるのは、信号などのシステムに加え、乗務員の技術の高さです」と向谷氏は言う。「乗務員を養成するシミュレータを手がけるメーカーとして、今後も鉄道の安全と日本の鉄道事業者や車両メーカーの海外展開を支えていきたいです」