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Highlighting JAPAN

 

芸術の行商人


イルカをモチーフにした「シュプリンゲンシリーズ」(「シュプリンゲン」(springen)はドイツ語で「飛び跳ねる」ことを意味する)で著名な金工作家、宮田亮平氏は新潟県佐渡の無形文化財「蝋型鋳金」で知られる芸術一家に生まれた。東京芸術大学学長を経て文化庁長官を務める宮田氏に、ご自身の体験を含め、伝統文化について話を聞いた。

まず、金工作家としての精神から教えてください。

金工は金属の板を叩き上げて形にするので、どこかで手を抜いたら後でなかなか修正できない、常に最後の完成形を想像しながら作品を作り上げていくのですが、完成形は僕の中で変わり続け、昨日と同じではないのですね。ただ、僕の中にある根っこは変わらない。それは何かと言えば、モノづくりが人に与える「喜び」、そして「ときめき」なのです。

それは宮田長官の生い立ちに関わりがあるのですか。

そうですね。朝起きるとご飯を食べる前に、お弟子さんと家族全員揃って、墨をすって書道をするのが習慣でした。綺麗な字を書くことが書道の目的なら下手な字に「朱(あか)」を入れて手本を示すのが当たり前ですね。しかし、母は絶対に朱を入れなかった。前の日と同じ文字が違う形になっていても、「ここは昨日と違って面白いね」と言ってくれました。人間は褒められると本能的にそれを増幅させたいと思う。そして僕は、また違うことをしようと思う。今も「昨日と違う」ものを作りたいという、僕自身の芸術に対する考え方につながっています。

伝統の継承と進化について、どのようにお考えですか。

伝統という基盤があるから進化があるわけですね。伝統という踏台がなければ、どんなにジャンプしようとしても上には届かない。伝統は、次のステップへの基礎力で、これによって高く飛び、横方向へ走り、あるいは潜ることが可能になるわけです。

次のステップを踏むときに伝統を守っていればとても安心ですが、そこには進歩がありません。自身の中に「この形でないといけない」という縛りを創ってしまうことにしかならないのです。

芸術の道を志す若い世代にどんなことをお望みになられますか。

なにも望んでいません(笑)。望むということは、一つの形を押し付けることになるからです。そんなものが見え隠れすると人は避けるものです。だから絶対望んだりしないようにしています。

ご自身の習字から得た体験ですね。

そういう意識でいたい。

文化で大事なことは、つまらない概念を作らないことです。何か昨日と違う芽が出てきた時に、その変化に気付き、確実に開花するよう認めてあげる力が大切です。そこに概念はいらない。直観力を働かせれば人は必ず育ちます。そして、本人が本人なりの応用で夢を膨らませていけば、きっと面白いものが出来上がるでしょう。

伝統工芸・伝統文化に身を置く人たちが過去の物を継承しようとしても、実は今の人間ですからね、過去に引きずられず、この時代に特化した一歩を示すリーダーであってほしいと思います。

2020年のオリンピックは、日本の芸術文化をアピールするチャンスですね。

素晴らしいチャンスです。僕は「三輪車構想」というものを考えています。文化が一輪車だとします。一輪車に乗れる人は素晴らしいですが、多くはない。これに経済を足して二輪車にすれば、面白い関係性が生まれるし安定性も増す。しかし、二輪車はペダルをこぎ続けなければ倒れてしまうから観光を加えて三輪車にするのです。文化・経済・観光の三輪車は非常に安定します。僕は文化をハンドリングのリーダーにしたいのです。文化は経済につながり、観光を牽引する力がありますから、バランスの取れた総合力のあるプロジェクトが出来上がると確信しています。

そのなかで、長官ご自身の役割についてどのようなイメージをお持ちですか。

僕は「芸術の行商人である」と自認しています。山の幸をリヤカーに積んで海の人たちに届け、帰りは海の幸を荷物にする行商人です。僕は常に現場に身を置いて、現場で考え多様に振舞ってきました。今、期せずして文化庁長官として行商人の役を担い、いわば山海の良さを共有する文化の媒介役を果たしたいと思っています。