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Highlighting JAPAN

  • 銀座と観世能楽堂

    能楽は「心を通わせるための芸術」、「鎮魂の芸術」とも言われ、日本を代表する伝統芸能の一つである。その神髄を、二十六世観世宗家、観世清和さんに語ってもらった。

    14世紀に完成された能楽は、「世界最古の舞台芸術」とも言われる、日本独自の伝統芸能である。所作(舞い)や謡”うたい”(歌)とともにストーリーが展開される音楽劇の一種であるが、単なる娯楽のための舞台とは大きく異なり、日本人の精神性や宗教観が極めて色濃く反映されている。2008年には、歌舞伎とともにユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載された。

    能楽を舞台芸術として完成させたのが、観阿弥と世阿弥父子であり、その流れを汲むのが、現在約700人の能楽師を擁する能楽最大の組織「観世流」である。観世流を率いる二十六世観世宗家の観世清和さんは、能楽の本質についてこう語る。

    「能楽は“鎮魂の芸術”とも言われ、その根底には人を供養するという心があります。どんなにおめでたい演目でも、根底には過去に亡くなられた方々への追慕の念があり、そして未来への想像と祝福が込められています」

    また、能楽は、茶道、華道と同じく、「心を通わせるための芸術」でもあるという。動きに一切の無駄がなく、迷いがない。極限まで無駄をそぎ落とし、最後に残った核に美しさを見出すのが日本芸術の特徴のひとつとされる。そこには、しなやかで、優しく、やわらかな心の動き「大和心」が根底にあるという。

    能楽には、能面と呼ばれる面(おもて)をつけて演じられ、その数は250種類にも及ぶとされる。精霊や天女、幽霊、嫉妬や怨念に取りつかれた鬼女など、人ならぬ存在がよく登場する。また、世阿弥はバリエーションに富んだ人物を舞台に登場させ、悲劇の武将から天下を取った大将、天皇から貴族、平民まであらゆる階層の人々の心情を描いた。これほど多くの人々を登場させたのは、「鎮魂であるとともに、世阿弥が人間そのものを描きたかったからです」と観世清和さんは語る。

    「例えば地獄に落ちてしまった人を登場させ、その人の人生でもっとも華やいだ瞬間を、舞台上でもう一度耀かせてあげる…。こうしたストーリーを作り、自らも演じた世阿弥に、優しさを感じます。」

     観世清和さんは、そうした能楽の伝統を継承するとともに、海外公演や新作能にも取り組んでいる。2016年7月には、ニューヨークで開催された「第20回リンカーンセンターフェスティバル」に、世界中から選りすぐられた秀逸な舞台芸術のひとつとして招聘され、上演後は鳴りやまないスタンディングオベーションに包まれた。また、2012年には吉利支丹能(Christian Noh、多くの宣教師が日本にやってきた戦国時代に聖書から翻案された能)の「聖パウロの回心」を初めて演じ、今までにない舞台で観客を魅了した。

    「能楽を鑑賞されるときには、ぜひ想像力をふくらませてください。日本の古典文学を読んだことがない、あるいは日本語がわからないという方でも、根底にある日本人の精神性を感じとっていただけると思います」

     観世流は時の権力者に認められ、発展してきた。1633年には、江戸幕府三代将軍の徳川家光より、観世宗家が銀座に約五百坪の敷地を拝領し、本拠地としていた。しかし、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜にその拝領地を返納したという歴史がある。

     2017年4月、銀座に新たな観世能楽堂が誕生した。「GINZA SIX」と名付けられた、銀座最大の複合施設の地下3階に配置されている。

    「2015年3月まで、観世能楽堂は渋谷区松濤の住宅地にありましたが、建物の老朽化や耐震性の不安などにより、銀座六丁目の再開発計画に手を挙げ、観世流にとってゆかりの深い銀座への帰還がかないました。平日夜間の上演も行って居りますので、お仕事帰りなどに気軽に鑑賞していただきたいと願っています」

    日本人はもちろん、海外の方にも気軽に鑑賞していただける場所でありたい―そうした思いから、今後は多言語対応のためのITを駆使したインフラ整備も整えてゆく予定だ。