Home > Highlighting JAPAN > Highlighting Japan July 2017 > 伝統を守り、進化させる

Highlighting JAPAN

人材養成が支える伝統芸能の継承

日本の伝統芸能の継承と発展は、親から子、師匠から弟子へと直接受け継がれるだけでなく、広く一般から後継者を公募する人材養成制度によって支えられている。

日本では古くからさまざまな技芸が親から子、師匠から弟子へと直接受け継がれてきた。直伝とも呼ばれるこうした伝承は芸能に限らず、武道や学問、職人の世界でもかつては当たり前のことで、それぞれの技芸は世代や時代を超え、大切に守り伝えられてきた。

しかし、近年、この直伝制度は、後継者不足という問題を抱えるようになった。

こうした問題に対応するため、独立行政法人日本芸術文化振興会は、広く一般から後継者を募集する伝統芸能伝承者養成研修を1970年から開講した。日本芸術文化振興会は、国立劇場、国立能楽堂、国立文楽劇場、国立劇場おきなわ、新国立劇場などの運営母体であり、これらの劇場で日本の伝統芸能や現代舞台芸術の公開・上演を行うほか、そこに関わる人材養成も重要な活動の柱のひとつに据えて活動している。現在、同振興会では歌舞伎や大衆芸能、能楽や文楽など9つの分野で伝承者の養成研修を行っている。

歌舞伎研修

歌舞伎俳優研修の現場、広い板張りの稽古場には講師の厳しい声が響いていた。

「頭で覚えようとしてもダメ! 三味線の音に合わせて身体を動かしなさい」

「足は踏み鳴らすんじゃない。自然に足を降ろすからトンといい音が出るんだ」

ここで歌舞伎俳優研修の講師を務めるのは、気品を備えた立女形として多くのファンを持ち、2010年には日本の芸術・文化に貢献した者を顕彰する『紫綬褒章』も受章した五代目中村時蔵(なかむらときぞう)さんである。若い研修生たちは、そのような有名役者の厳しい指導にも怯むことはなく、落ち込むような者もいない。誰もが真剣な眼差しで頷きながら、講師の一挙手一投足を見つめていた。

伝統芸能伝承者養成講座は、中学を卒業した15歳から23歳までを対象として、コースによって2年ないし3年に一度募集されている。現在、歌舞伎俳優の研修には第23期生となる9名の若者が通っている。研修カリキュラムは、基本的に平日の午前10時から6時過ぎまでびっしりと詰まっており、歌舞伎はもちろん、義太夫、長唄といった伝統芸能の実技のほか、作法や着物の着付け、さらには芸能の歴史に関する講義など、20以上もの科目を学ぶ。研修生はこれらを1年10か月の間にみっちりと叩き込まれるのだ。

中村時蔵さんの稽古指導を取材したあと、幹部俳優であり、研修の講師も務める中村歌女之丞(なかむらかめのじょう)さんにお話しをうかがった。彼はこの研修の二期生(1974年修了)である。

「両親が歌舞伎を好きだったので、私も幼い頃からこの世界への憧れを持っていました。しかし、もしこの制度がなければ、一般家庭で生まれ育った私が歌舞伎俳優になることは100%なかったでしょう」と歌女之丞さんは語る。

歌舞伎に限らず日本の伝統芸能の世界には、いまも世襲による後継制度が色濃く残っている。歌舞伎俳優の家に生まれ育った子は、幼い頃から自然とその伝統やしきたりを身に付け、子役として舞台を踏む経験もあるため、一般家庭で育った者とは歴然とした差が生まれる。しかし、歌女之丞さんはそれをハンディキャップと思ったことはないという。

「短期間で歌舞伎の基本をすべて学ばなければならない研修生の時代も、研修後に師匠に入門して修行を重ねていった時代も、辛いと感じたことは一度もありません。何よりも大好きな歌舞伎を、当代一流の人たちから直接学べるという喜びが大きかったからだと思います」と歌女之丞さんは笑顔で語った。

研修制度が始まってから50年近くが経ち、現在、舞台で活動する歌舞伎俳優の約30%は研修修了生で占められるようになった。中には歌女之丞さんのように、名題下(なだいした)から名題(なだい)、そして幹部にまで歌舞伎役者としての階級を昇格し、いまや日本の歌舞伎界になくてはならない存在となった俳優もいる。

400年を越える歌舞伎の長い伝統の中で見れば、まだ始まったばかりの後継者養成制度が、いまや歌舞伎の伝統をしっかりと支える重要な役割を担っている。