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Highlighting JAPAN

未来のデザイン:文化の再評価

現代デザインの優れた思想家である原研哉氏は、海外で日本のデザインがどう捉えられているか、そのイメージ形成に強い影響力を持つ。2002年以降、国外では「MUJI」の名称で知られる無印良品のアートディレクター兼アドバイザー、そして日本デザインセンターの代表取締役社長を務める。また、日本のデザイン、建築、美術界の牽引者たちが結成した日本デザインコミッティーのメンバーでもある。社会を独自の視点から見つめてきたデザイナーが、変わりゆく世界に対する日本の今後の課題について語った。

日本のデザインの特徴から教えてください。

緻密、丁寧、繊細、簡潔の四語に尽きます。しかし、例えば、空港の設計は面白味がない、日本人建築家は世界的な賞を受賞し評価されているにもかかわらず。一方、日本の夜景を見ると、世界中のパイロットは、日本の夜景が最も美しいと言います。それは、空気が綺麗なのはもちろん、電灯が整然と欠けることなく灯っているからなのです。これが日本人の几帳面さです。細部にわたってこんなにも注意を払っている場所は、他にないと思います。清掃をする人は、時間が来たからやめるのではなく、自分の仕事が片付いたと感じられるまで作業を続けます。このことは、サービスを提供する側にとっても利用する側にとっても当然なのです。これは日本において不文律となっていて、日本のデザインにとって実に重要な背景であると私は考えています。

日本の伝統文化は、原さんのデザインコンセプトに影響していますか。

文化は常にローカルなもので、グローバルな文化というものはありません。世界の文脈で個別文化を相対的にとらえ、その素晴らしさを損なうことなく世界の文脈に持ち出すことが重要です。そのためには、日本文化が何であるか説明できなければなりません。

明治時代、日本は、一度伝統文化を捨て、西洋の文化を取り入れました。海外から取り入れてよかったのは文明の機能的側面だったのですが、文化も一緒に取り込んでしまった。今日、私たちは自分たちの伝統や美意識の価値にだんだんと気付き始めています。海外の人々も、日本の独自性や素晴らしさを見つけているという状況で、自分たちこそ、その真価に目覚めなければと思います。私も含めて日本人は自己の文化についてさらに深く学ぶ必要があります。伝統や美意識は、古いものや郷愁をそそるものではなく、未来を創っていく資源と考えるべきでしょう。

オリンピックのような世界的イベントの企画の際にそれは重要となりますか。

オリンピックにかかわらず、私たちは、「遊動の時代」という新たな時代に突入しつつあると思います。遊動の対義語は「定住」です。世界に影響力のある人々は、仕事で移動を常としている人々です。つまり、旅を常態として、世界の豊穣を、それぞれの土地に赴いて享受しているわけです。ですから、世界の文化の多様性を体験し、それぞれの価値に、気付き始めているのです。

東京オリンピックが開催された1964年以降、国を超えて移動する人口は10倍ほどに増えています。その数は今後も増え続け、2030年頃には世界人口の4分の1に達すると想定されています。これが、21世紀最大の産業が観光であると言われる理由です。

これまではできていませんでしたが、日本は世界からやって来る来訪者を迎え入れ、日本のミステリアスで素晴らしい文化を見せる準備を、本格的に始める必要があります。価値を視覚化するのが、デザイナーの仕事ですから、僕らのこれからの仕事は日本を輝かせることです。

デザインがどのように変わってきたのか、その一つの要素だということですか。

産業の形態は変化しています。戦後70年間以上日本を席巻してきた産業モデルは、原料を輸入し、カメラや冷蔵庫を製造して輸出するという工業化モデルでした。このような時代は終焉を迎えつつあります。テクノロジーは、ものではなく、生活の背景で機能するようになります。可能性をもたらす新たな産業は既にいくつか登場しているのではないでしょうか。例えば、冷蔵庫やエアコンは、機能は保ちながら、壁の中に入り込み、さらには広範に統合されたシステム、たとえばIoTに組み込まれていくでしょう。

住居は、住む空間というより、エネルギー、通信、輸送、人工知能、ロボット、移動など、様々な産業分野の重要な結節点になります。その結果、 現在私たちが建築設計と呼んでいるものとは異なる新たな産業の可能性が、住居を通して見えてくるようになるのです。私は「HOUSE VISION」という展覧会をプロデュースしていますが、デザイナーの役割は、今は見えにくい未来の可能性を、わかりやすく可視化することだと考えてのことです。

2020年のオリンピックと1964年の東京オリンピックを比較すると、直面する課題はどのように異なるでしょうか。

前回のオリンピックは、日本が戦後復興を果たし、どれほど回復したかを誇りを持って世界に示すことが重要だった高度経済成長期に開催されました。その後、私たちはバブル経済を経験し、ポスト工業社会へとシフトしはじめ、少子高齢化など数々の社会的課題に直面しています。日本は成長しましたが、成熟するのはこれからです。ようやく大人になったわけですから、これから成熟を迎えていくと私は思っています。

日本の国土の大半は、火山活動やプレートの移動でできた山です。水も豊富で、四季の移ろいもダイナミックで細やかです。国土を取り囲む海、旬の食材を大事する和食、いたるところに湧き出す温泉も多種多様な独自性があります。これまでの日本列島は、国土全体が輸出用製品を大量生産する一つの工場のように使われてきました。世界中から人が日本へとやってくる時代となった今、方向を転換し、2020年に向けて列島全体を新たにデザインし直さなければなりません。2020年は一つの通過地点で、目標はもう少し先です。この目標に向かって進むにあたり、デザイナーは大きな役割を果たせると思っています。

日本デザインコミッティーについて少しお聞かせください。

18年ほど前にメンバーとなり、8年間理事長を務めました。デザイナー、建築家、批評家などによる25名ほどの集団です。それぞれの領域のトップの面々ですから、活動は個々の分野でやっていますが、集まって意見を交わすことで、もう少し広い視野を持とうというのが目的です。東京の銀座の百貨店に拠点があり、ギャラリーの運営や、デザインコレクションという商品の選定やショップの展開にも関わっています。日本は成熟の時代に向かいますが、このような組織は日本文化をいかに資源として使いこなしていくかを考える上で、とても有用な集団ではないかと思います。