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Highlighting JAPAN

エタノールで世界の食糧問題解決に挑む

最も身近に使われるアルコールのひとつ、エタノールが農作物の塩害問題の解決に貢献する。

近年、地球温暖化や、異常気象が続き、干ばつ、塩害、高温などによる農業被害が世界各地で拡大している。特に小麦、大豆やトウモロコシなど穀物類の被害は世界生産量の30%近くに及ぶと言われている。このような気候変動に対して耐性を持つ農作物の開発が重要性を増してきている。

こうした状況下におけるかんがい農業の問題の1つは、地中の塩分が表土に移動することによって引き起こされる塩害で、世界のかんがい農地の約20%で発生している。植物は、高濃度の塩分によるストレスにさらされると、根茎からの水分吸収が阻害され光合成の活性が低下し、作物の成長や収量に大きな被害をもたらす。世界の人口が増え続けている今日、持続的な食糧生産を維持するため、塩害に強い作物や肥料の開発は急を要する課題の一つになっている。

そんな中、理化学研究所 環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、佐古香織特別研究員、横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科大学院生のフォン・マイ・グエン氏らの研究グループは、エタノールが植物の耐塩性を高めることを発見した。この研究成果は、2017年7月に植物科学分野の国際誌「Frontiers in Plant Science」のオンライン速報版で公開された。

発見のきっかけは、植物にストレス耐性を与える化合物を探索するプロセスにあった。

「一般に、化合物を扱う実験では、水に溶けない物質を溶かす際、エタノール、アセトン、メタノールなどの有機溶媒を使用します。今回も数種類の有機溶媒を用いて実験を行っていました。すると、化合物ではなく有機溶媒の中に、植物にストレス耐性を与えるものがあるのではないかと思わせる実験データが出てきたのです」と関チームリーダーは説明する。

まず研究チームは、シロイヌナズナを使った実験を行い、エタノールを投与する処理によって耐塩性が強化することを突き止めた。高濃度の塩(0.6%の食塩水)によるストレスを加えたところ、シロイヌナズナは白く枯死したが、エタノール処理をした場合は、塩ストレス下でも生存することが確認されたのである。

次に、耐塩性が強化されたメカニズムを解明するため、遺伝子発現解析を行った。解析の結果、高塩ストレスによって発生する活性酸素※を除去するために働く遺伝子群の発現が、エタノール処理によって増加することが分かった。また、活性酸素の一種である過酸化水素を消去する酵素「アスコルビン酸ペルオキシダーゼ」の活性が増加することも分かった。さらに、イネを用いた実験でも、エタノール処理で活性酸素の蓄積が抑えられ、耐塩性が強化されることが明らかになったのである。

エタノールは、アルコール類の中でも、最も身近に使われる物質のひとつであり、殺菌・消毒のほか、食品添加物や燃料としても広く用いられている。安価に入手することが可能で、人体への影響が少なく、輸送・貯蔵が容易であるため、エタノールを用いて植物の耐塩性を強化できることは、今後の実用化に向けても大きなメリットがある。

「気候変動による農作物への影響、そして人口増加による食糧問題は、年々深刻さを増しています。今後、農地での検証が必要ですが、今回の成果を応用すれば、乾燥ストレスや高温ストレスなどに対して強くなることも期待でき、農作物の収量を増やせる可能性もあります。ストレス適応・耐性の研究を通じて、世界の食糧問題解決に貢献したいです」と関チームリーダーは語る。

この技術が実用化されれば、塩害に強い農作物を育成する肥料の開発、さらにかんがい設備の設置が困難な地域などでも収量の増産につながることが期待される。


※活性酸素 化学的に活性になった状態の酸素。生体内のエネルギー代謝や感染症の防御過程で発生するほか、高塩濃度、高温、乾燥、強光などの環境ストレスによっても発生する。さまざまな生命現象に重要な役割を果たすが、過剰な蓄積は細胞に対して毒性を持つ。