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Highlighting JAPAN

「漁師の島」に迎えられた、新船長

有能な地元住人の女性操舵手のもと、山口県にある小さな島の新たな水産業ビジネスが全国の顧客を惹き付けている。

山口県萩市にある大島は、約700人が暮らす周囲8.5㎞の小さな島である。大島は、温暖な気候と豊かな海に恵まれ、「漁師の島」として知られており、島内約300世帯のうちの半分以上が巻き網漁業に携わっている。しかし、日本の水産業が衰退傾向にある中、この島もかつての活気を失い危機感を募らせている。地元漁師たちが打開の糸口を求めて事業開発計画への助言を持ち掛けたのは、結婚して萩に嫁ぎ、翻訳やコンサルタントの仕事をしていた坪内知佳さんだった。

 「ここで漁業が衰退するということは、大島の暮らしが消滅するということです。私は結婚を機にたまたま萩に移住したのですが、私の子どもにとってはここが故郷です。50年先、100年先も、この自然豊かで伝統ある島が存続し得るようにすることが私のライフワークだと思い、地元漁業再生のための事業計画を考えることにしました」と、坪内さんは当時を振り返る。

坪内さんは漁師たちと事業計画を練り上げ、2011年3月、3船団からなる「萩大島船団丸」を個人事業として立ち上げた。坪内さんは漁師たちに推され代表に就任し、販売ルートと新規顧客の開拓、商品管理と配送業務、3船団のマネジメントまですべてを担当した。事業は、漁獲した魚を船上で活〆にして箱詰めにし「鮮魚BOX」と銘打って顧客に届けることを中心に展開されていった。

ちょうどその頃、坪内さんは農林水産省の「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律」(六次産業化・地産地消法)に基づく事業計画認定事業が始まったことを知った。これは、農林漁業者による地域の資源を活用した新事業の創出や地域の農林漁業振興の促進などの取組に対し、国が支援を行うことを目的とする施策である。坪内さんは約1年かけて事業計画書をまとめ応募したところ、2012年度第1回「総合化事業計画」において認定された。

これを追い風に、2014年には個人事業を株式会社GHIBLIとして法人化、同社は現在では約60人の漁師を雇用するまでに成長している。GHIBLIとは、リビアなどのアフリカ北部で吹くサハラ砂漠からの熱く乾いた風の名に由来する。坪内さんは「そんなサハラ砂漠のような過酷な環境にいても、私達水産業界は情熱を持って海へ向かっていきたい」という想いを込めて名付けた。

大島の魚は、継続的な温度管理の下、最短8時間ほどで東京圏に届ける配送ルートで、高い質の獲れたて鮮魚を直接顧客へ届ける同社の技術と技能により料理店の間で高い評判を呼び、ゼロから始まった顧客数は、今では400ほどに増加した。高い鮮度の鍵は、配送時間ではなく、むしろ前述の活〆にある。一口に活〆といっても魚種によって方法が異なり処置のための熟練技術も必要であるが、水揚げした魚を一尾ずつ素早く麻痺させ血抜きし適切に保存すれば、一週間後でも刺身で食べられるほど鮮度が保たれるという。

「気候変動や乱獲によって、世界中で漁獲量が減少しています。魚が減っているからこそ魚の価値を高めていくことが必要ですし、生産現場から鮮度を落とさない処置を取り、ロスが出ないようにすることも資源管理の一つと考えるべきです」

大島の巻き網漁は、資源保護のため操業は年間63~73日に規制され漁師たちは年間300日ほど漁から離れる。坪内さんは、漁師の収入を増やすため、GHIBLIの新規事業として旅行部門をつくり、2016年から萩大島船団丸の「スタディーツアー」も開始した。ツアーでは、萩大島船団丸に属する船の船上などの見学、「漁師飯」の試食のほか、島の生活を体験しながら漁師の話を聞くこともできる。特に宣伝はしなかったが、坪内さんが各地の講演会で紹介したことで、2016年4月からの1年間で全国から約400人がツアーに参加した。

現在、坪内さんは、萩大島船団丸の鮮魚配送ビジネスモデルを全国展開しようと漁師たちをコンサルタントとして派遣している。

「大島には、小さな商店が二つしかない。人口も減少の一途をたどっている。しかし、この小さな島が元気になり、新しいビジネスモデルを示すことが、少子高齢化や災害などで元気を失いかけている他の地方の力になれるはず――」そんな信念が坪内さんを駆り立てる。

60人の漁師たちは今、熱い思いを新たに萩大島船団丸で海へと船を漕ぎ出す。船長は彼らが白羽の矢を立てた一人の女性である。彼女たちの一連の取組が、地方を再び元気づける一つの解決策を示している。