Home > Highlighting JAPAN > Highlighting Japan February 2018 > 地方創生

Highlighting JAPAN

地吹雪の中での冒険

地元住民にとっては厄介物でしかない「地吹雪」を観光資源とし、30年間人気の続く青森のツアーがある。

津軽は、本州最北端の青森県の西部の地域で、豪雪地帯として知られる。国内外に多くの愛読者がいる津軽出身の作家太宰治(1909-1948年)の小説『津軽』の冒頭には「津軽の雪」として「こな雪 つぶ雪 わた雪 みづ雪 かた雪 ざらめ雪 こほり雪」と7種類の雪の呼称が挙げられている。

「津軽の7つの雪」は、気温によって様々に変化する雪の様子を言い表したものであるが、この地域には真冬に“地吹雪”という特有の現象もある。地面に降り積もった雪が強風に舞い上げられてうなる音をたてながら、時には視界が真っ白になる、厳しい気象現象である。今も太宰の生家が残る金木町では、あえてこの厳しさを体験する『地吹雪体験ツアー』という異色の観光イベントを毎年開催している。

イベントの発案者で津軽地吹雪会の代表を務める角田周さんは「『地吹雪体験ツアー』はこの30年間で約1万3千人の参加者がありました。安全面から1回15名を定員にしていますので、予約はいつもすぐに埋まってしまいます。近年は、ハワイや台湾など暖かい地域を中心に海外からも多くの参加者が訪れています」とその人気を語る。

角田さんが東京での仕事を辞して故郷に帰ってきた頃の金木町は「この町には何もない、まして冬は耐え忍ぶしかない」と停滞した雰囲気だった。厳しい冬季にも楽しみを見つける必要を感じた角田さんは、青森市出身の写真家小島一郎(1924-1964年)の、地吹雪の中を黙々と歩く農婦たちの後ろ姿を撮った写真を思い浮かべた。

「確かに地吹雪が激しい時は交通網も麻痺します。ひとたび巻きこまれれば命の危険もある、住民にとって歓迎はされない現象です。でもそれは、写真のように、幻想的で美しい光景でもあるのです」と角田さんは話す。

角田さんは地吹雪を他地域の人たちにも体験してもらおうと提案したものの、多くの町民から金木の負の側面を発信することになると反対された。しかし、角田さんの熱意によって1988年に初めての地吹雪体験ツアーが開催され、ツアー終了直後から次回の開催を望む声が日本全国から寄せられるほど好評を博した。参加者からは、温かみのある津軽弁を交えた会話など金木の朴訥とした人たちとの触れ合いに感動したという感想が多く寄せられた。「地元住民が何の価値もないと思っているものでも、他の地域の人たちにとっては非日常の得難い体験になります。青森県にはまだ眠っている観光資源がたくさんあると思います」と角田さんは話す。

以来、参加者も主催者も共に楽しむこと、人と人との交流を作ることを2本の柱にした『地吹雪体験ツアー』は津軽全域に広がっていった。30周年を迎えた2017年のツアーは、「津軽の7つの雪」にちなんで、今別、中泊、平内、浅虫、五所川原、鯵ヶ沢、金木の7か所で開催された。どのツアーも角巻(かくまき:頭から被る純毛のショール)とかんじき(雪上を歩くための竹を編んだ履物)という津軽における昔ながらの冬装備をするのは共通であるが、特産の魚を味わったり温泉に浸かったりなど、開催地ごとにもてなしの趣向が凝らされている。

金木地域で人気なのは津軽鉄道株式会社の『ストーブ列車』である。津軽鉄道株式会社は1930年に開通した民営のローカル鉄道で、今も、石炭をくべるダルマストーブを据えた、世界で唯一の車両が走る。起点の五所川原駅から金木駅まではおよそ30分、津軽平野の冬景色を眺めながら、車内で販売される燗をつけた地酒を楽しむことができる。干したイカの“スルメ”を注文しストーブで炙って、その場で美味しいおつまみも堪能できる。

『地吹雪体験ツアー』開催日が必ずしも地吹雪にあたるとは限らない。晴れた日には、童心にかえってみんなで雪の中ではしゃぐのも良い。大自然と向き合いたいなら、1人静かに雪原にたたずむこともできる。

角田さんが留意するのは、どんな危険もないようにということだけである。

「現地まで来る交通手段も宿泊先も参加者に任せています。謎解きをするように計画を立てることも旅の楽しみでしょう」と角田さんは笑顔で話す。