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Highlighting JAPAN

宇宙線でピラミッドの謎を解く

日本の研究チームが謎に包まれたエジプトのピラミッドの未知の巨大空間を発見した。

紀元前2580~2560年頃に建設されたと伝えられ、クフ王のピラミッドとして知られるギザの大ピラミッドは230m四方、高さ約139mのエジプト最大の石造建築物である。内部は王の間、女王の間、大回廊などいくつかの回廊や通気孔が発見されているだけで、その構造も工法も謎に包まれたままである。

2015年、クフ王を含む4つのピラミッドの謎を解明するため、国際共同研究プロジェクト「スキャンピラミッド」が立ち上げられた。プロジェクトでは、エジプト、フランス、カナダ、日本などの研究機関が世界最先端の非破壊検査技術を駆使して調査している。

プロジェクトの核となる技術となっているのが、名古屋大学が担当する宇宙線ミューオンラジオグラフィである。これは、常に地球に降り注ぐ素粒子「ミューオン」で物体の内部をイメージングする技術である。

「通常、人体や物体の内部はX線を使って測定しますが、X線は1m以上の厚さの物体を通り抜けることができません。しかし、ミューオンは厚さ1km以上の岩盤も通り抜けます。ミューオンを使えば、ピラミッドのような巨大な構造体の内部をX線画像のように透視できるのです」と名古屋大学高等研究院特任助教の森島邦博さんは説明する。

ミューオンで大きな物体の内部を透視する試みは1960年代から行われてきたが、ミューオン自体の検出が難しく、高解像度の画像データを得ることはできなかった。名古屋大学は、光学顕微鏡を用いた目視観察に代わる新しい物理解析の方法として、顕微鏡とコンピューターを組み合わせた自動読み取り装置を開発した。この装置の高速化により、高精度ミューオン検出器である「原子核乾板」の高い解像度を生かした、宇宙線イメージングの実用化の道を切り開いた。

原子核乾板は、透明のプラスチックシートの両面に、それぞれ厚さ0.07mmの乳剤層を塗布した薄いシート状の放射線検出器である。軽量コンパクトで電源も必要としないため、設置する場所を選ばない。

ミューオンが原子核乾板を通過すると、乳剤層にミューオンが通過した跡が残る。地上には、常にほぼ一定の数のミューオンが、あらゆる方向からほぼ一定の方向分布で到達している。原子核乾板を観測地点に置くと、そこにどのくらいの数のミューオンが、どのような方向から飛んできているのかが3次元的な飛跡の像となって記録される。これを名古屋大学が独自に開発した高性能顕微鏡装置で読み取ると、ミューオンが通った方向にある物体の内部構造を3次元的に明らかにすることができる。名古屋大学はこの技術を使い、火山や原子炉などの内部のイメージングに成功してきた。

「原子核乾板はコンパクトなので、どんな場所にでも設置できる点が強みです。顕微鏡装置も高精度化、高速度化が進んでおり、クリアな画像をすぐに得られるようになりました」と森島さんは言う。

森島さんらの研究チームは、2015年、プロジェクトの一部として、クフ王のピラミッド内部の「女王の間」の床に原子核乾板を敷き詰め、最大8平方mの範囲でミューオンの観測を開始した。そのうち合計1.8平方m分の原子核乾板に記録された約1100万本のミューオンを分析した結果、女王の間の約40~50m上、地上から60~70mの位置に、巨大な、そしてこれまで知られていなかった長さ30mを超える空間があることが分かった。これを受け、日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK)とフランスの原子力・代替エネルギー庁(CEA)がそれぞれ独自の方法で観測を行い、発見を追確認した。

この成果が2017年11月にイギリスの科学誌「Nature」で発表されると、世界で大きな反響を呼んだ。

「空間がどのような形をしているのか、まだはっきりと分かっていません。今後、大回廊など、ピラミッド内部の他の場所に原子核乾板を置いて、空間の詳細な形状を3次元的に明らかにしたいです」と森島さんは言う。

スキャンピラミッドによる巨大空間の形が分かれば、ピラミッド自体がどのように建築されたのかだけでなく、王の間が作られた目的を明らかにするための素晴らしい手がかりになるだろう。今後、解析の進展に大きな期待が集まっている。