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Highlighting JAPAN

 

北斎漫画の世界

葛飾北斎が人物や動植物、風景などの絵手本として発行した画集「北斎漫画」。世界一の北斎漫画コレクターと言われる古美術商の浦上満さんに、フランス印象派に影響を与えたとされる北斎漫画の魅力を探る。

江戸時代後期に浮世絵師として活躍した葛飾北斎(1760年~1849年)は、代表作『冨嶽三十六景』で世界的に知られる。北斎が全国に200人以上いた弟子たちのために、身の回りの人物や動植物、妖怪や風景など森羅万象を絵手本として描いたものが「北斎漫画」である。限られた色数で表された絵を和綴じの半紙本にして一般向けに販売したところ、侍階級から庶民までがこぞって読み、北斎が55歳の1814年に初編を刊行後、北斎没後の1879年まで65年間、全15編に渡る大ベストセラーとなった。

一説に北斎漫画は陶磁器の緩衝材として偶然欧州へ渡り、衝撃を持って迎えられたという。それが19世紀後半にパリを中心に起こったジャポニスムの契機となった。マネやモネ、ドガなどの印象派画家たちや工芸作家のエミール・ガレ、ゴッホやゴーギャンにも北斎漫画の影響が見てとれる。「異国情緒としてではなく、卓越した描写力や大胆な構図、豊かな想像力といった絵の圧倒的なすごさが彼らを驚嘆させました」と東京・日本橋にある古美術店「浦上蒼穹堂」で代表を務める浦上満さんは語る。自らを「画狂人」と称して90年の生涯を画業一筋に投じた北斎は、絵画技法に貪欲な探究心を発揮し、明暗や遠近法などの当時の西洋画の技法も独学で習得していた。浦上さんは「美術に国境はありません」と断言する。

浦上さんは、本物の江戸摺りの北斎漫画を開いて見せてくれた。「木版画は摺れば摺るほど版木が摩耗して状態が悪くなります。初摺りが一番いい。より早い摺り、より良い状態の本を求めて、気がついたら1500冊になりました」浦上さんは、大英博物館や東京国立博物館、国立西洋美術館を始めとする国内外の一流博物館や美術館へ所蔵品を貸し出してきた。

北斎漫画は日本よりも海外での人気と評価が爆発的に高かったため、19世紀後半大量に海外流出した。浦上さんのコレクションのうち3分の1は海外から買い戻したものだと言う。結果として、作品の扱いが国内外で大きく違ったと浦上さんは指摘する。「海外では、北斎漫画は宝物として大切に保存されていたので、とても状態がいいのです。日本では身近なものだったし、中には貸本などになっていたものもあり、保存状態は決して良くありません」。

「北斎が漫然と描いたもの」との意味で「北斎漫画」と題されたスケッチの数々は、コマ割りや縦横見開きでの表現など、現代日本の漫画文化に大きな影響を残していると言われる。劇画の元祖のような人物絵、コマの外にユニークに突き出した薙刀、雨の跳ねる音が聞こえてきそうな、線だけで描かれた暴風雨。風を起こす現象を描いて風を描き取った北斎は、確かに全ての点で先駆的な「画狂人」であり、手塚治虫のような日本の漫画界を牽引した著名な漫画家たちのみならず、美術、ファッション、映画など、日本のアートを愛する世界中の芸術関係者にもファンが多い。

日本国パスポートは2019年から新デザインとなり、北斎の『冨嶽三十六景』から24作品が使用されることとなった。名実ともに北斎は日本の顔となる。芸術界に多大な影響を与えたとされる北斎漫画は、今後も世界中のファンを魅了し続けることだろう。