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Highlighting JAPAN

 

明治の世相を反映した文学4選

文豪と呼ばれる作家が次々と登場し、時代を超えて読み継がれている作品も数多く生まれた明治時代。明治の時代背景がうかがえる特徴的な4つの文学作品から当時の世相や民衆の思いを読み解く。

作家の夏目漱石が、「現代日本の開化」の中で「西洋で百年かかつて今日に発展した開化を日本人が十年」に短縮して行おうとしていると述べている通り、明治期には近代化が急速に推し進められた。こうした時代の影響で、明治の文学は、急速な近代化によってもたらされる、生活の変化や個々の人間の葛藤を表現したものが多いと、高知大学で日本近代文学を研究する田鎖数馬准教授は述べる。また、明治期には、それまで用いられていた書き言葉(文語体)ではなく、話し言葉に近い形(口語体)で文章を書く言文一致体への移行が進むなど、多くの作家が文体の模索を行っていた。その結果、読みやすい文体の小説が生まれ、これまで以上に少しずつ読書文化が広がっていったと言う。

明治期の生活の変化の様子が描かれた作品として田鎖先生は、夏目漱石の「こころ」を挙げている。本作は1914年(大正3年)に新聞で連載された、先生とKと静の三角関係の悲劇を主として描いた小説であるが、作中では、明治30年代の食卓の変化(各人が専用の膳で食事をとる銘々膳から皆で一つのちゃぶ台を囲んで食事をとるスタイルへの変化)の様子が示されている。食卓は皆で囲み、楽しくあるべきという新時代の考えにもとづいてKや静たちと食卓を囲んだ先生は、気まずい雰囲気をかえって意識するようになる。生活の変化が人間関係に影響を与え、それを見て取ることができる流れも興味深いと言う。

日本の慣習が示された明治期の作品として、田鎖先生は樋口一葉の「十三夜」を薦める。高級官僚である原田との身分違いの不幸な結婚生活に耐えかね、実家に帰るが、父親に諭され婚家に戻るお関。その帰り道、かつて互いに思いを寄せ合った録之助と再会するも、恋が再燃することはない。作中では、十三夜の月見の様子が描かれている。少し欠けた十三夜の月を愛でる慣習は日本にしかなく、明治になってその慣習も少しずつ廃れてきたが、時代に取り残されたお関の実家では続けられていたのである。新しい時代の中でうまく生きられないお関たちの姿は、十三夜の月のイメージに重ね合わされ、同情をもって描かれている。十三夜の月のような少し欠けたものにこそ人間らしい味わいがあると捉える日本的な感性をここに見て取ることもできる。

明治期の男女の恋愛や結婚観がうかがえる作品には、尾崎紅葉の「金色夜叉」を挙げている。貫一とお宮は結婚を約束していたが、お宮は大富豪に嫁ぐことを決める。怒った貫一はお宮を蹴り倒して去ってゆく。本作では、貫一は、永遠の繫がりを求める「愛」の理想を語っていた。これは、明治期に西洋から輸入された理想だと言う。ただし、貫一の「愛」はどこかひとりよがりである。もともと、明治以前の日本では、「愛」という言葉には性愛や執着という否定的なニュアンスを伴うことが多く、先ほどの理想は日本人に馴染みにくいものであった。その「愛」への過度の期待が、貫一のひとりよがりな態度をもたらしていた。また、大富豪になびくお宮の姿勢は、経済力のある男性との結婚が自立して生きることが困難であった当時の女性にとっていかに魅力的であったのかを示している。

最後に、作家の洋行体験が投影された作品として、森鴎外の「舞姫」を紹介していただいた。
近代国家として法整備を急ぐ日本政府から選ばれ、ベルリンに留学した豊太郎。ヨーロッパの自由な空気に触れて自我に目覚めた豊太郎は、貧しい踊り子のエリスと恋に落ちる。最終的には恋愛を捨て、立身出世の道を選ぶのだが、国家の歯車として生きなければならないその姿から、急速な近代化がもたらす個の葛藤が見えてくると言う。

これらの作品は英訳もされているので、是非読んで当時の世相や民衆の思いに触れてみてほしい。