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Highlighting JAPAN

 

 

枕草子にみる日本人の心情

日本の古典文学には季節や自然を巡る日本人の豊かな心情表現が数多く見られる。枕草子などの平安文学を研究し、古典に親しみのない世代にもわかりやすく教える、十文字学園女子大学の赤間恵都子教授にお話を伺った。

十文字学園女子大学の赤間恵都子教授は、「随筆・枕草子の大きな魅力とは、1000年前の女流作家である清少納言によって美しく描き出された日本の四季です。冒頭の有名な書き出し『春はあけぼの』では、春夏秋冬を取り上げて、それぞれの季節の中で最も良い時間を光に注目しながら切り取っています」と話す。

「春はあけぼの」で始まる第一段で描かれるのは、太陽が昇る直前の京都東山の空の色の移り変わりや、夏の蛍の飛び交う様である。「まるでSNSに動画を投稿しているかのような、動きのある描写なのです」と赤間教授は語る。また、虫の声や菖蒲の残り香、顔にしみる嵐などの記述に見られるように、視覚のみならず聴覚・嗅覚・触覚などの感覚へ印象豊かに訴えるのも特徴的である。

言葉遊びや連想で書き進めていくなど、ウィットに富んだ発想表現も特筆に値する。「近くて遠いもの」として大晦日と元日や仲の悪い親戚、「遠くて近いもの」として極楽や男女の仲などが挙げられる。憎い相手が悪い目に遭うのが気味がいい、人の噂話をすることほど面白いものはない、法話の説教の講師は美男子が良いなどと、まるで現代の若い女性と変わらないユーモアがしたためられている。「清少納言はそういった人間の正直な気持ちを的確に捉えることに長けていたのですね」と、赤間教授は清少納言の筆力を称える。

平安時代に日本で初めて女流作家が誕生し、女流文学が栄えたと言う。平安以前の日本では、公の書き言葉とは漢文であり、貴族の男子とは違って、女子が漢文漢字を学ぶのははしたないこととされた。だが平安時代に漢字から平仮名が考案されて、漢文でなくやまと言葉を用いた勅撰和歌集「古今和歌集」が編さんされ、いわば日本文学リバイバルが起こった。「女性が文学の担い手となった時代で、繊細な観察力に基づく心情表現が中心。現代の古語辞典でも、心情語の説明は圧倒的に女流文学から引用されています」

清少納言は当時の大人気歌人である清原元輔を父に持ち、多くの蔵書に囲まれて育ったため、本を読み漢字を学び、文章力を身に付けた。当時の高貴な女性は、一度結婚すれば社会との関わりが絶たれる時代。だが清少納言は女性も世間を知るべきと宮廷に出仕し、中宮定子と出会い、そこで生まれた後宮文学が枕草子だった。「中宮定子の一族は間もなく没落し、定子も亡くなりますが、その華やかな後宮文化は枕草子によって後世に伝えられました」

平安時代とは、日本の歴史の中で400年間に渡り最も長く続いた、政治的陰謀はあっても戦争のない安定した時代であった。天皇を中心とした貴族社会で、入り組んだ人間模様の中から恋愛感情や思いやり、自責や苦悩、弱さ、ずるさや恐れなど、複雑かつ繊細な感情表現が生まれた。「虫の声をノイズではなく素敵なものとして味わう感覚は、日本人特有のものだそうです。木でも虫でも言葉でも、全てのものに魂が宿るという八百万の神信仰から生まれた共感が日本人の感情表現の基本なのかもしれません」と、赤間教授は語る。1000年前の平安人の感情は、現代の日本人の中に今も生きている。