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Highlighting JAPAN

伝統技術が織りなす和菓子の美しさ

三堀純一さんは、日本の伝統的な菓子である「和菓子」を、芸術へと昇華させている。

神奈川県横須賀市で64年続く『和菓子司いづみや』の三代目当主、三堀純一さんは、日本で唯一の「菓道家」を名乗る。「菓道」は、和菓子を提供するだけにとどまらず、菓子を作る所作、さらには空間の演出まで含めて、客人をもてなすものとして三堀さんが提唱し、2016年には「菓道一菓流」という流派を開いた。「陰影の美、余白の美など、和菓子には“禅”の精神に通じる美しさがあります。それを五感で味わっていただくため、「一菓流」では、日本伝統の茶道の様式に倣って、お客様の目の前でお菓子を作りお出しします」と三堀さんは語る。

三堀さんが披露するのは、豆を煮てこした餡に砂糖ともち米をもとにしたつなぎを加えて練り上げた生地に、主に季節の風物の細工を施す「煉切(ねりきり)」と呼ばれる生菓子である。所作そのものがアートだと評されるように、三堀さんの手の中から独創的で神秘的な和菓子が生み出されてゆく様子は、観る者を非日常の時間、空間へと誘う。

茶室を始め茶道具や掛け軸、生け花など、幅広い美術的文化が関わる茶道は、よく総合芸術だと言われる。「茶席では茶道家が、その席で使った茶碗などの作品と作家のストーリーの話をします。ところが和菓子だけは店の名前で紹介されてしまう。和菓子も世界に誇れる日本文化です。それを作る職人にも、もっと“個性”があって良いと思う」と三堀さんは言う。

27歳で父から店を継いだ三堀さんは、和菓子も芸術の一つであることを広めようと、それまで大きなメーカーへの成長を目指していた事業を一転して縮小し、作家性を追求する道を選択した。

現在、三堀さんは世界10か国以上の国々で「菓道一菓流」のパフォーマンスを行っている。父の伝統的で端正なデザインによる桜の花びらを模した「春風」。三堀さんが木型職人と共に開発した新しい道具を用いて、それまでの和菓子にはない流動的な線を描きだす「金魚」。そして、ダイナミックな所作で幾重にも重なる花弁を一枚一枚瑞々しく立ち上げる、一菓流の代名詞ともなった大作「紅乱菊」。無垢の生地にそれらの精緻な細工が浮かび上がると、会場からは歓声が上がる。しかし次の瞬間、客が食べるために完成した菓子を崩す時、それは悲鳴に変わる。「なぜそれほど美しい工芸品を食べ物でつくるのか、とよく尋ねられます。しかし和菓子の美しさは、やがて形が失われるはかないものであるからこそ、限りある命を生きる私たち自身に重なって、人の心を動かすのではないでしょうか」と三堀さんは話す。

三堀さんのパフォーマンスは、今や世界中で高い評価を得ている。2017年には、世界最大のチョコレートの祭典、「サロン・デュ・ショコラ パリ」では、日本人パティシエの辻口博啓さんに招かれてパフォーマンスを披露し、絶賛を受けた。同イベントに参加して3年目となる今年は、三堀さん個人での出展が決定した。

それでも三堀さんは、「菓道一菓流」はまだまだ道半ばだと言う。伝統と革新を融合させながら、菓道一菓流は和菓子の新しい可能性を切り拓き続けている。