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February 2020

龍のように飛ぶロケット

埼玉県秩父市では、400年にわたって手作りロケット「龍勢」の伝統が受け継がれている。

高さ25メートルほどのやぐらの上で点火された「龍勢」は、一瞬白煙に包まれた後、大きな音をとどろかせながら空高く飛び上がっていく。そして300メートルほどの高さまで達すると、破裂音とともに落下傘が開き、ゆっくりと降下し始める。その瞬間、10万人近い見物客で埋まった会場からは大きな歓声と拍手が湧き上がる。

龍勢は、400年ほど前から埼玉県秩父市の吉田地区の農民の間で代々伝承されてきた手作りロケットである。白煙をうねらせながら勢いよく上昇する様が伝説の生き物、龍の姿に似ていることから「龍勢」と呼ばれるようになったと言われている。毎年10月の第二日曜日、この地区の椋神社例大祭の神事として打ち上げられ、2018年には国の重要無形民俗文化財にも指定された。

「日本には伝統的な手作りロケットを作り続けてきた地域が幾つかあります。その中で、燃料となる黒色火薬の調合まで専門業者に頼らず、全てを自分たちの手で作り続けてきたのは秩父吉田の龍勢だけなのです。口伝による昔ながらの手法を守り続けていることも、国の文化財に指定された大きな理由でした」と吉田龍勢保存会の副会長を務める長谷川清美さんは言う。

龍勢の構造は大きく3つに分けられる。まず、冬の間にきり出した青竹を乾燥させたのが「矢柄」で、これは長さが約18メートルもあり、龍勢の飛び方を安定させる役割を持つ。矢柄の先端には唐傘、花火、落下傘などの仕掛けをセットした「背負い物」があり、その下に「火薬筒」がくくりつけられる。「作りは昔のままですが、原理としては、固体燃料のロケットと同じです。そのため龍勢の資料を見たNASA(アメリカ航空宇宙局)の関係者は、『科学者が龍勢を知っていれば、ロケットの進歩は今より10年早かった』なんてことを話していたそうですよ」と吉田龍勢保存会の事務局スタッフで龍勢の流派の一つ、「城峰瑞雲流」の加藤五郎さんは笑顔で語る。

現在、25の流派が活動しており、それぞれ10~30名のメンバーが所属している。椋神社例大祭の日には、15分間隔で計30の龍勢が次々打ち上げられていくのだが、流派によって背負い物が異なる。

祭りでは全ての龍勢の打ち上げが成功するわけでない。上昇できなかったり、やぐらの上で爆発してしまうものもある。それだけに完璧な打ち上げに成功した時の喜びはひとしおで、思わず涙を流すメンバーも少なくない。

こうして毎年盛り上がる吉田の龍勢だが、近年課題となっているのが後継者不足である。少子高齢化が進み、さらには専業農家が減って勤めに出る人が大半のため、流派のメンバーが全員集まって作業することが難しくなっている。そうした中、保存会が力を入れているのが学校での普及活動である。地元の吉田小学校では2003年から、吉田中学校では2010年から、龍勢の落下傘作りや火薬を入れる筒彫りなどの授業が週2時間、約5ヶ月にわたって行われている。

「火薬を扱うためメンバーになれるのは18歳からですが、昔、私が小学校で教えた子の中からメンバーになる者が出始めています。会合などで会った時『先生、久しぶり!』なんて声をかけられると本当に嬉しいですね」と長谷川さんは言う。

吉田地区にある「道の駅 龍勢会館」では、実物大の龍勢や打ち上げに使うやぐらが、年間を通じて展示されているほか、大型スクリーンで龍勢の打ち上げ映像を見ることができる。手作りロケットの伝統を未来につなぐため、地域全体が力を合わせて普及活動に取り組んでいる。