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March 2020

鋏と紙が作り出す即興の芸

「紙切り芸」は、観客のリクエストに応じて、1枚の紙から様々な絵柄を切り出す日本の伝統芸能である。

東京と大阪を中心に、「寄席」と呼ばれる演劇の幾つかの興行小屋がある。この寄席では、日本の伝統的な話芸の「落語」「講談」を中心に奇術、曲芸や漫才などの「色物」と呼ばれる芸が観客を楽しませる。鋏(はさみ)を使い1枚の紙をお客さんの注文通り季節の行事、縁起物などを切る「紙切り芸」も色物の一つである。

芸歴約60年になる紙切り芸の、林家今丸師匠は「紙切り芸の起源は、神道の儀式に使う、人や動物の形に紙を切った「形代」(かたしろ)に見ることができますが、演芸として成立したのは江戸時代です。その後、西洋式のハサミが作られるようになって素早く切り抜く今のスタイルへと発展しました」と語る。

「紙切り」は、寄席の「お囃子」(三味線、太鼓、鉦(かね))の演奏に乗せて、話術で楽しませながら、紙を切っていく。下絵の全くない白地の紙から、季節の行事、風物、縁起物、時の話題などに関する絵が、ものの数十秒から数分で切り出される。

「寄席では遠くの席のお客さんにも紙を切っている様子が楽しめるよう、絵も一目で特徴が伝わる工夫をします。そしてなんと言っても、お客さんとの会話のやり取りがあることが、寄席の魅力ですね」と話す。「紙切り」は、客のリクエストに応えて即興で切り絵を作成する。また、その場で客の似顔絵を切り、出来上がった切り絵は客にプレゼントされ、絵を切り抜いた後の紙も美しく、そちらも所望する客が多い。

今丸師匠は客のあらゆるリクエストに応えられるように、最新のニュースにも目を通すと言う。語学(英語・フランス語)を学び、日本舞踊や義太夫を習い、紙切りの基本となるデッサン力に加え、ハサミの使い方の鍛錬ももちろん必要である。道具も重要で、今丸師匠は、師匠である初代・林家正楽師匠が日本橋人形町にある打刃物の老舗と特別に開発したハサミを使っている。

紙切り芸は他国に類を見ない日本独特の演芸であるため、今丸師匠は海外公演に招かれることも多い。2017年は、カナダの日本大使館の主催で、トロント、オタワ、モントリオールの3都市を巡り、全公演を英語とフランス語の2か国語を駆使して行った。2018年にパリで公演、2019年はトロントで再び公演を行った。「私は入門と同時に語学の勉強も始めました。似顔絵を切りながら出身地や趣味を聞いて絵に即興で取り入れますが、こうした会話をいちいち通訳していてはスピード感と親しみがなくなってしまい、紙切り芸の本当の面白さが伝わらないでしょう」と語る。

今丸師匠は国内外の学校や養護施設などを訪れ紙切りのワークショップも行っている。「私たちは自在に切り絵ができるようになるには長年の厳しい修行が必要ですが、私は小学生のワークショップ用に誰でも簡単に紙切りを学べる教材を考案しました。子供たちは、紙を切って好きな動物のシルエットができあがる楽しさに夢中になり、休憩時間を忘れるほどです」と言う。

最近は紙切りの楽しさを知って、本格的に弟子入りをする人も何人かいる。林家花さん、林家喜之輔さんなどである。花さんは、今丸師匠の門下となり、10年以上の修行を経て、現在、女性初の「紙切り」として寄席で活躍している。紙とハサミで人を楽しませる、伝統芸能が次の世代へと受け継がれていく。