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April 2020

泳ぐ宝石

新潟県の山深い里で誕生した「錦鯉」は、その美しい姿が国内外で愛されている。

日本発祥の大型観賞魚「錦鯉」は、色彩、個体ごとに異なる美しい文様と、人影を恐れない性質から世界的に人気が高い。その錦鯉は約200年前、かつて二十村郷(現在の新潟県小千谷市周辺)と呼ばれた急しゅんな山間地でつくられたとされる。色鮮やかなその姿がまるで色とりどりの糸を使った日本の高級織物「錦」の美しさを思わせることから錦鯉と呼ばれるようになった。錦鯉はまた、「泳ぐ宝石」とも言われる。

錦鯉誕生の地である小千谷市にある観光施設「錦鯉の里」には4つの池を設けた日本庭園があり、20品種約340尾の錦鯉が飼育されている。そこでは一年中、優美に泳ぐ錦鯉を間近に鑑賞できる。

「冬の二十村郷は急しゅんな山間でとても雪深く、かつて冬は食糧の確保が困難でした」と「錦鯉の里」のマネージャーの平沢勝佳さんは語る。「そこで貴重なたんぱく源として飼われていたのが食用の鯉です。冬期、深い雪に閉ざされる集落に娯楽と言えるようなものはなく、人々は身近な鯉のわずかな色や模様の変化に関心を持つようになり、それによって独自の品種改良が進んだとされます」

二十村郷の人々は、急しゅんな地形に階段状の棚田を作り、山水を引いて米を育てていた。しかし、雪解けの山水は冷たすぎ、そのまま田んぼに入れるとイネが生育不良になるため、棚田の一番上の段に「棚池」と呼ばれる水を貯める池を作り、一旦太陽熱で温めてから田んぼに流すという工夫をした。この棚田と棚池が混在する山間の風景は、世界でもほとんど例がなく、絶景として人気が高い。

田んぼの灌漑に加え、人々は棚池で食用の鯉も育てた。当初、鯉は濃い灰色一色の真鯉だったが、その中から突然変異でわずかに赤みを帯びたもの、模様のあるものが生まれた。一方、野生の鯉の中には体全体が藍色や水色で、胸びれの辺りが赤い「浅黄」という品種のものも存在した。人々はこうした色や模様のついた鯉を珍しがり、これらの鯉を掛け合わせることによって、より美しい様々な色や模様の錦鯉を作り出した。

今や錦鯉の品種は100種類以上にも上る。現在、「小千谷市錦鯉漁業協同組合」には約60軒の錦鯉生産者が所属し、出荷先は海外輸出が8~9割程を占める。

錦鯉の鑑賞のポイントは、色の美しさや模様のバランスはもちろん、品評会では背筋がまっすぐでボリュームがあり均衡のとれた体形、光やツヤ、整然とした鱗並びなどが細かく評価される。

「錦鯉の飼育で一番気を使うのは、水づくりです。きれいに掃除をし過ぎれば、水を浄化してくれる自然のバクテリアを失ってしまうので、望ましくありません。ここでは酸素濃度、pH、水温を毎日測り、錦鯉の生育に適した水質管理をしています」と平沢さんは話す。

錦鯉には群れを率いるボスも存在せず、いじめもないため、人に慣れやすく穏健な性質であることから「平和の象徴」とも言われる。また、環境適応力が高く、大きな池で飼えば大きく成長するが、小さな庭の池で飼えば大型化することはない。飼う人の生活環境に合わせて、あらゆる大きさの池でも育ち、鑑賞を楽しめることも、世界で愛好家が増えている理由と言える。