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  • 正福寺地蔵堂
  • 地蔵堂に収められた約900体の木製の地蔵菩薩像の一部
  • 弓欄間と花頭窓
  • 本尊の地蔵菩薩像

July 2020

千体地蔵堂

正福寺地蔵堂

東京都東村山市の国宝「正福寺地蔵堂」は、約600年前に建立された禅宗様建築で、堂内には約900体もの地蔵が奉納されている。

地蔵堂に収められた約900体の木製の地蔵菩薩像の一部

日本で武士が政権を担った鎌倉時代(12世紀末~1333年)の権力者で、最も有名な武士の一人に北条時宗(1251-1284) がいる。30数年の短い生涯の中で、モンゴル帝国(元朝)の2度にわたる侵攻(元寇)を退けた武将として知られるが、深く禅宗に帰依していた。時宗が、現在の東京都の郊外、東村山市で鷹狩りをしていた時に病気となったが、夢の中に現れた地蔵菩薩に渡された薬を飲むと夢から覚め、病気が治癒したという。そこで、時宗は病が癒えた感動から正福寺を開創したと、寺の伝承は伝えている。

この正福寺の境内の一角にあるのが、地蔵菩薩像を本尊として安置する「地蔵堂」である。地蔵堂は高さ約10メートルの木造であり、建築様式は、鎌倉時代に禅宗とともに中国から伝わった禅宗様建築で、四隅が上方に大きく反った屋根がその特徴を顕著に示している。そのほか、堂内に日光を取り入れる欄間が、波型の装飾が施された「弓欄間」であることや、窓枠の上部が丸みを帯びたデザインの「花頭窓」であることも、禅宗様の特徴を表している。

弓欄間と花頭窓

1933年から2年間にわたって行われた解体修理工事の際に、建築部材の一部に墨で書き残されていた文字が見つかり、地蔵堂は1407年に建てられたことが判明している。そこで、地蔵堂は、建立年が明確で、建立当時の姿が、ほぼそのまま残されている禅宗様建築の建造物として極めて貴重なことから、1952年に東京都で初の国宝建造物に指定された。

日本では、人のあらゆる苦難を救済するとされた地蔵菩薩が、人々の間で広く信仰されてきたが、地蔵堂は堂内の本尊・地蔵菩薩像の両脇に小さな約900体もの木製の地蔵菩薩像が祀られていることでも有名で、別名、「千体地蔵堂」と称されている。大きさは15〜30センチメートルのものが多く、それらの大多数は、現在の東村山市一帯で大規模な農地開発が行われた18世紀の前半頃に、農民によって奉納されたものである。当時の人々は願い事があると地蔵堂にある像を一体借りて家に持ち帰り、願いが叶うと、別に一体を添えて奉納してきたといわれる。こうして人々から奉納された像が少しずつ集まり、1,000体近くに達したと考えられている。

本尊の地蔵菩薩像

地蔵堂の内部は普段は公開されていない。年に数回、特別に内部公開される機会があるという。しかし、約600年間の風雨に耐えた趣ある外観は、いつでも間近に見ることができる。今も、中世以来の人々の厚い信仰の軌跡に思いをはせて、人々が訪れている。