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INDEX

  • 御香宮神社の境内に湧く水「御香水」
  • 酒造適性が非常に高い京都産の酒米「祝(いわい)」
  • 染色作家・稲垣稔次郎(1902–1963)作の型絵染「酒造仕込の図」
  • 伏見の酒蔵
  • 酒蔵で蒸される米

August 2020

名水で造る伏見の酒

染色作家・稲垣稔次郎(1902–1963)作の型絵染「酒造仕込の図」

京都市の伏見は、日本を代表する日本酒の産地である。丘陵の山裾から湧き出す良質の伏流水を原料として、おいしい酒を生み出している。その伏見の酒造りの伝統について老舗酒造の十四代目当主に話を聞いた。

御香宮神社の境内に湧く水「御香水」

酒造りが盛んな地として名高い伏見は、京都市の南端に位置し、なだらかな桃山丘陵の周囲を宇治川、鴨川、桂川という3本の川が流れる起伏に富んだ地形をしている。この地で酒造りが盛んになったのは16世紀後半のことだった。政権を担った武将・豊臣秀吉(1537-98)が、桃山丘陵に伏見城を築いて居城の一つとしたことで、人が集まり、酒の需要も増えていったのである。その後、江戸時代になると、京都と大阪を結ぶ水陸交通の要衝として伏見は更に発展した。地の利の良さや質の良い水を求めて、他の地域から移ってくる酒蔵も少なくなかった。こうして伏見は兵庫県南東部の灘とともに、国内有数の日本酒産地になっていった。

そんな伏見で長い歴史を持つ酒蔵が延宝3年(1675年)に創業した増田德兵衞商店である。十四代目当主を務める増田德兵衞さんは、伏見で酒造りをする利点についてこう語る。

酒造適性が非常に高い京都産の酒米「祝(いわい)」

「伏見で酒造りが盛んになった一番の理由は水の良さでしょうね。この辺りは伏流水の豊かな土地で、古くから『伏見七つ井』と呼ばれる7つの名水が湧いていました。これが酒造りに非常に適していたのですよ」

桃山丘陵の山裾に湧き出す伏流水は、カルシウムやカリウムを適度に含んだ中硬水で、きめ細かな風味とまろやかな舌触りが特徴である。今も残る七つ井の一つ、御香宮(ごこうのみや)神社に湧く水は、千数百年も昔から大切に守られてきたものと伝わっている。

増田さんによると、ミネラル分をバランス良く含む中硬水は発酵がゆっくりと進むため、醸造過程で酒の荒々しさが取れ、酸味の少ない、なめらかな口当たりの日本酒に仕上がるという。硬度の高い地下水を用いて、力強く、ドライな味わいを持つ灘の酒が「男酒」と呼ばれるのに対して、伏見の酒が「女酒」と呼ばれるのはそのためである。

伏見の酒蔵

そのため、伏見の酒は、素材の味をいかす和食の典型である、薄味の伝統的な京料理との相性がとてもよい。京都市内の一流料亭でも、京料理に伏見の酒を合わせることを勧める所が多いという。

2013年1月、京都市では「乾杯は日本酒で行おう!(最初の一杯を日本酒にするということ)」という条例(正式名称:京都市清酒の普及の促進に関する条例)が施行された。これは増田さんが中心となり、伏見酒造組合が市長や市の議会などに積極的に働きかけて誕生したユニークな条例である。

酒蔵で蒸される米

「我々も暑い時は、とりあえずビールで乾杯することが多かったのですが、せっかく京都にはおいしい日本酒がたくさんあるのですから、日本酒で乾杯する習慣を根付かせようと思ったのですよ」と増田さんは笑顔で話す。

この動きは日本の各地に広がり、日本酒ばかりでなく、地元で作る焼酎やワイン、特産の食材や料理で乾杯することに努めるといった条例が全国128自治体で制定されているという。伝統的な地元産品の魅力をより多くの人に伝え、地場産業を活性化していこうとする「伏見発」の取組が、それぞれの地域に見合った形で、大きな盛り上がりを見せようとしている。