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  • 志村洋子さん(左)と母のふくみさん
  • 秋霞 (1958年)(志村ふくみ 作) 染料:藍
  • 善妙***の夢 (2009年) (志村洋子 作) 染料:紫根、藍、刈安

October 2020

自然の色で染める

志村洋子さん(左)と母のふくみさん


京都に暮らす染織家の志村ふくみさんは、山野の草木を原料とする染料で絹糸を染め上げ、その絹糸で着物やタペストリーなどの作品を手作業で織る技法で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されているほか、文化勲章*など様々な賞を受賞されています。今回は、ふくみさんの娘で、その技(わざ)と思想を引き継ぐ志村洋子さんに草木染めの色とその魅力について伺いました。

志村さんは、草木染めの絹糸で織物を作られていますが、その魅力をお教えください。

草木染めは、植物を煮出して作る染料に、動物である蚕(かいこ)が作る繭(まゆ)から取った糸を浸(つ)けて染め、木を燃やした炭から作る灰汁(あく)などを混ぜた水に浸して色を定着させます。山野の草木だけを原料とする草木染めを通じて、自然が持つ神秘や美しさを体験することができるのです。そこから生まれる色は、どのような色でも素晴らしいものです。母のふくみは「植物から色をいただく」と表現します。生きている植物からいただいた命を、美しい色として再生するのが草木染めの魅力と言えます。

日本のように、草木染めの織物が伝統技術として今も受け継がれている国は、世界でも数少なくなっていると思います。ヨーロッパの有名服装ブランドの社長が、私たちの工房を見学に訪れた際、鮮やかな色の着物を見て、「これはどのように印刷するのですか」と尋ねられました。彼は、草木染めの糸で繊細な絣**(かすり)柄を表現できることが信じられなかったようです。

秋霞 (1958年) (志村ふくみ 作) 染料:藍

志村さんが特に大切にしている色は何でしょうか。

藍です。藍は日本を代表する色の一つで、古くから日本人に愛されてきました。私の祖母も「藍染の着物ほど日本人の女性を美しくみせるものはない」と言い、いつも藍絣の着物を着ていました。私が染織の世界に入ったのも、母が長年取り組んでいた藍染に魅了されたからです。

藍からは緑色も作ることができます。実は、植物の緑の葉から美しい緑色を染める事はできません。ですから、藍と黄色を掛け合わせて緑色を作るのです。藍の染液の入った壺に、刈安(かりやす)というイネ科の植物で黄色に染めた糸を浸すと、糸は鮮やかな緑色に染まります。

紫色も好きな色の一つです。11世紀に書かれた源氏物語の作者、紫式部の名前からもうかがえるように、紫色は古くから高貴さを表す色でした。紫色は、可憐な白い花を咲かせる紫草の根(紫根)から抽出する染液で染めます。紫根で染めた着物を身に着けると、着る人がよりエレガントに見えると思います。

植物染料で染めた色は、褪(あ)せるという言葉はあてはまりません。草木染めの着物は時間が経つ程に色が変化し、微妙に深みが増して風格が生まれます。まさに、色は生きているのです。

善妙の夢*** (2009年) (志村洋子 作) 染料:紫根、藍、刈安

草木染めならでは表現と、その伝承についてお教えください。

「亡くなった家族が愛していた庭の桜を切らざるを得なくなったので、その木を使って着物を染めて欲しい」と依頼されることがあります。桜色の染液は、桜の花びらからではなく、細かく砕いた木の幹や枝を煮出して作ります。桜の木の命が、桜色の着物になってよみがえり、思い出とともに家族へと受け継がれていきます。こうした、色を通じて「命の連鎖」を見られるのは、草木染めだからこそです。

私たちは2013年に芸術学校を京都に設立しました。単に染織の技術だけを習得するのではなく、哲学や文学を学んだり、自然と接したりすることで、自分自身を染織で表現するための感性を育む教育を行っています。卒業式では皆、自分で染めた糸で織った着物を着ます。また、2016年から京都のある小学校の4年生を対象に、年4回、桜や栗など、その季節の植物を布に染めるという授業を行っています。児童には染めるだけではなく、その色に自分で名前もつけてもらいます。今後も、こうした活動を通じて、草木染めの伝統と精神を後世に伝えていきます。

* 文化勲章は日本の文化の発達に関して、顕著な功績のあった者に対して授与される勲章。
** 絣は、あらかじめ染め分けた糸で織り、柄を表す織物。
*** 善妙は「華厳宗祖師絵伝」という13世紀の華厳宗の物語の絵巻に登場する龍に変身した女性の名前。