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  • 蒔絵を制作する下出さん
  • 下出さんが制作した京都迎賓館の飾り台「悠久のささやき」(巾 240 cm x 高さ 60 cm x 奥行 50 cm)
  • 蒔絵を制作する下出さん
  • 下出祐太郎さん独自の技法で復元された16世紀の蒔絵屏風

October 2020

蒔絵:漆と金、銀、プラチナが生み出す芸術

蒔絵を制作する下出さん

蒔絵(まきえ)は、黒い漆の上に金や銀、あるいはプラチナの粉を蒔(ま)いて花鳥風月など四季折々の風物を描く日本で発達した技法である。その輝きは、世界中の人を魅了し続けている。

下出さんが制作した京都迎賓館の飾り台「悠久のささやき」(巾 240 cm x 高さ 60 cm x 奥行 50 cm)

蒔絵は、漆*を用いた工芸の一つである。その起源は定かではないが、1200年以上前に作られた作品が現存**しており、長い時間をかけて日本独自の発展を見せた。16世紀に来日した西洋のキリスト教宣教師がその美しさに目を奪われ、教会の道具類などを蒔絵で使ったことがきっかけとなって西洋にも広く知られるようになり、やがて王侯貴族たちをも魅了し、珍重された。欧米で漆を用いた蒔絵などの工芸品が「ジャパン」と呼ばれるゆえんである。現在でも多くのピアノが光沢のある黒色なのは、漆の黒に由来するという説がある。

京都の蒔絵師の家に生まれ、京都迎賓館に納められた飾り台「悠久のささやき」の作者として知られる蒔絵師の下出祐太郎(しもでゆうたろう)さんは、「樹液からつくられた漆という有機物と、金や銀という無機物の全く性質の異なるもの同士を合わせて絵画表現をすることで新しい価値をつくり、その緻密な表現を人の手で行っていることに魅了されています」と話す。

蒔絵を制作する下出さん

蒔絵は、奥深い黒の光沢を持った漆の上に、金粉や銀粉、時にプラチナ粉で絵付けをする。粉の粒子の形状と粗さを使い分け、風景の遠近の違いや降り注ぐ太陽の光と水面に反射した光の違いをも表現する。その緻密さを生むために、使う金や銀の粉の種類だけでも各々約80種類はあるのだという。それによって描き出される花鳥風月などは、照明のあたり具合や見る角度によっても表情を変え、見るものを飽きさせない。

下出さんは、「『漆黒』と呼ばれる黒色は、どこまでも深い黒色ですが、そこには冷たさではなく温かみが感じられます。私は漆黒の黒が赤や緑といった様々な色を内包しているからではないかと考えています。蒔絵に使われる金も単に金色という単色なのではなく、80種にも及ぶ形も大きさも様々な粒子の使い分けで温かみも出せるし、重厚にもできます。これらのバランスが蒔絵の美しさにつながっているように思います」と語る。

下出祐太郎さん独自の技法で復元された16世紀の蒔絵屏風

下出さんの代表作「悠久のささやき」は、水面(みなも)の照り返しを表した作品で、7万ものプラチナの粒と金粉が用いられてハーモニーを生み出している。漆黒の中できらめくその輝きは、地上にある流水というよりは、大宇宙に存在する銀河を思わせる。悠久の宇宙からのささやきが漆黒に浮かび上がるプラチナ色や金色のきらめきから聞こえるようである。

* 漆とは、ウルシの木の幹から採取した樹液、または、それを精製したもの。
** 8世紀に建立された正倉院に収蔵されている太刀の鞘(さや)の部分に蒔絵の源流とされる技法で装飾が施されている。