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  • 吉原ホルバート・ハンガさん
  • ハンガさんは彼女の作品に、地元で作られた、化学薬品不使用の藍染料を使っている。
  • ハンガリー刺繍「カロチャ刺繍」
  • 刺し子
  • ハンガリー刺繍「イーラーショシュ刺繍」
  • 刺繍講座で生徒に教えるハンガさん

October 2020

藍染で彩るハンガリーの刺繍

吉原ホルバート・ハンガさん

徳島県在住の刺繍作家である吉原ホルバート・ハンガさんは、日本古来の藍染技術と母国ハンガリーの刺繍(ししゅう)技術を組み合わせて、伝統を踏まえた新たな布地のデザインを作り出している。

ハンガさんは彼女の作品に、地元で作られた、化学薬品不使用の藍染料を使っている。

藍染は、古くから日本の生活に浸透している。染料の原料となるタデアイは国内各地で栽培されてきたが、特に四国地方の徳島県は、鮮やかな青に染まると高く評価されるタデアイの産地である。温暖な気候と吉野川が作り出した肥沃な土壌で育ったタデアイから「阿波藍(あわあい)」と呼ばれる藍の染料が作られている。

その徳島県徳島市で、ハンガリー出身の吉原ホルバート・ハンガさんは、刺繍と藍染の作家として活動を続けている。ハンガさんが「阿波藍」で染め上げた布地は、風をはらむように軽く、肌触りが良い。藍は染め方によって、澄んだ水色から深い紺色など様々な青色が出る。ハンガさんはその多彩な藍の色に、絞り染め*や型染め**などの技法を用いて、様々な柄の布地を染め上げていく。

刺し子

ハンガさんが日本の藍染を知ったのは、滞在先のイギリスで手にした一冊の本を通じてのことだった。藍染の布に木綿の糸で幾何学模様を刺繍する日本の伝統手芸の「刺し子」***を知り、その素朴な美しさに感動したハンガさんは「絶対に日本に行こうと決めた」と言う。その後、ハンガさんはハンガリーの芸術大学に進学し、テキスタイル科でニットを専攻。そして2008年、奨学生として来日がかなうと、留学先に四国大学を選んだ。徳島の伝統的な藍染を学ぶためだった。

「ハンガリーにも藍染がありますが、合成染料を使用したものです。かつて輸入の天然インディゴ(インドアイ)を用いていた頃も、工程に一部化学薬品が使われました。日本には今も化学薬品を全く使わない藍染の方法が受け継がれている。それは素晴らしいことだと思います」とハンガさんは話す。「藍染はまず、刈り取った藍の葉を乾燥させた後、水分を与えて山積みし、均一に発酵するよう数日おきに攪拌しながら数か月自然発酵させた“すくも”と呼ばれる藍染料を作ります」

ハンガリー刺繍「カロチャ刺繍」

こうして作られた染料に灰汁(あく)や酒を加え、甕(かめ)の中で、更に発酵させる。そして最後に、その染液で布や糸を染める。

ハンガさんはこれを染色工場の現場で自ら体験して卒業論文にまとめ、ハンガリーでドクターの学位を取得した。

ハンガリー刺繍「イーラーショシュ刺繍」

卒業後は、徳島県の農林水産総合技術支援センターで藍の研究をしている日本人男性と結婚。現在は、家族とともに、徳島市内でも豊かな自然の残る里山で暮らしている。自身の作家活動に加えて、地域の住民や子どもや大人たちに向けた刺繍のワークショップの活動も行っている。なかでも、1808年に建てられた藍染を扱う古い商家の建物をリノベーションした「藍の館」に併設された施設「藍屋嘉蔵」で定期的に開催する、ハンガリー刺繍講座が人気である。

刺繍講座で生徒に教えるハンガさん

ハンガリー刺繍は、地方ごとに様々な違った刺繍文化が伝承されており、そのうち、いくつかはユネスコ無形文化遺産にも登録されている。ハンガさんの講座では、ハンガさんの祖母が得意だった「シャールコジ刺繍」****「イーラーショシュ刺繍」「カロチャ刺繍」などのハンガリー刺繍を教えている。ハンガリー刺繍はいずれも、豊かな色彩を特徴とするが、ハンガさん自身の刺繍は「阿波藍」で染めた青い糸一色を用いる。ハンガリー伝統の植物文様と、それと同じように歴史ある日本伝統の深い藍の色が、不思議に調和している美しい刺繍が出来上がる。

「染色も刺繍もとても手間がかかるけれど、その時間の中に幸せがある」とハンガさんは語る。「日本伝統の藍染もまた、植物の藍が育ち発酵するまでに数か月を要し、染料の役目を終えたものは土に返す。そのサイクルが心地よいです」。

* 布の一部を縛るなどの方法で圧力をかけ染料が染み込まないようにすることで模様を作り出す技法。
** 型紙を用いて糊で防染することにより拡散する染料をコントロールし、図柄を創り出す技法。
*** 布地に糸で幾何学模様等の図柄を刺繍して縫いこむこと。
**** ハンガリー、ドナウ川西岸にある、シャールコズ地方の古い刺繍。独特なステッチが特長。