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  • AIを使い栽培したトマト
  • 峰野博史教授(左)とトマト農家の玉井大悟さん(右)
  • 温室内の状態を計測するセンサー
  • 植物の葉の状態を撮影するカメラ

November 2020

AIが甘いトマトを作る

AIを使い栽培したトマト

静岡大学の峰野博史教授らは、AI技術を活用し、高い糖度のトマトを安定的に収穫するシステムを開発した。

峰野博史教授(左)とトマト農家の玉井大悟さん(右)

近年、農業分野ではIoTやロボット、AIの活用が増えている。通信システムやセンサーネットワークの研究を専門とする静岡大学の峰野博史教授は、AIによって、植物の成長と生産性にとって適切なタイミングで灌水できるシステムを開発した。これは、2013年から静岡県農林技術研究所と共同で進めてきた研究プロジェクトがきっかけである。

「センサーネットワーク技術を用いることで、成長に必要な適切な量の養液を灌水し、トマトの収穫量を1.3倍程度に増やすことを目指した研究を進めました。その結果、収穫量は増えなかったのですが、結果的に糖度の高い高品質なトマトができたのです」と峰野教授は言う。

果実は水やりを少なくすると、十分に成長できなくなるが、成分が濃縮されて糖度が上がり甘くなる。この高糖度トマトの栽培方法は、専門家の間ではよく知られていた。しかし、水を切らした栽培はトマトにとっては負担が大きく、給液量が少なすぎると生育が遅れたり、枯れたりしてしまう。「水やり10年」と言われるように、生育状況を見極め、枯れさせない程度の適切なタイミングと灌水量を見極める業を身に着けるのはとても難しい。

温室内の状態を計測するセンサー

「熟練した農家は、適切な灌水量を把握するためにトマトの葉の色味やハリなどを丹念にチェックしています。彼らの経験や勘を数字に落とし込んでコンピュータに学習させることができれば、担い手不足で伝承もうまく進んでいない高品質な栽培ノウハウを引き継ぐだけでなく、さらに改良できるのではないかと考えました」

植物は根から水分を吸収し、その多くを葉の気孔から蒸散する。蒸散量に対して吸水量が十分であれば葉はハリのある状態になり、少なければ葉がしおれる。峰野さんは、この葉のしおれの様子を定量化できれば、最適な水やりのタイミングを把握できるはずだと考えた。

トマト栽培実験を行うハウス内に、1分おきに画像を撮影する定点カメラを設置し、植物の画像情報を取り込み、画像処理によって葉がしおれる時のわずかな動きを抽出した。温度、湿度、明るさなどのデータとともにAIに学習させることで、トマトのしおれ具合を検知し、適切な水やりのタイミングを自動的に調節できるシステムを開発した。静岡県袋井市で野菜卸売を営む株式会社Happy Qualityらの協力を得て、このシステムの実証実験を行ったところ、果実の割れも抑えつつ高い糖度のトマトを安定して収穫することに成功した。

植物の葉の状態を撮影するカメラ

「私たちのシステムは、日照などの間接的な要因をモニターするだけでなく、直接『植物の顔色』を見ながら灌水のタイミングを見極めている点が最大の特徴です。このシステムを使えば、培地*の種類や栽培環境の違いに関わらず、どのような就農者でも植物にとって適切なタイミングで灌水を行えます。実際に、異なる地域や環境での実験を繰り返しながら実用化に向けた検証を進めています」

現在、いくつかの企業がセンサーやカメラ、灌水のタイミングを制御してくれる機器をパッケージ化し商用サービスを開始するための準備を進めており、2021年内の商品化を目指す。今後はメロンやイチゴ、葉物野菜などへ同様の展開も期待できるという。

「高齢化や人手不足によって、今後、農業の担い手が減っていく中、AIの活用によって高付加価値の作物を誰もが容易に作れるようになれば、農業が安定した持続可能な産業となります。私たちは『AI技術で植物と対話する』という側面から、農業を支援していきたいと思っています」

* 細胞や微生物が成長しやすいよう人工的に作られた環境のこと