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  • 花が描かれた九谷焼
  • ロンドンの大英博物館に展示されている四代徳田八十吉さんの九谷焼
  • 四代徳田八十吉さんが父から受け継いだ色彩と技術を使って作った九谷焼の皿 (2009年)

January 2021

日常生活のための美しい磁器

花が描かれた九谷焼

九谷焼の陶芸家、四代徳田八十吉さんは、磁器を通じて人々の日常生活を豊かにすることに作家生命をかけている。

ロンドンの大英博物館に展示されている四代徳田八十吉さんの九谷焼

17世紀後半には存在していたとされる九谷焼。現在の石川県加賀市で誕生したとされている。山水・花鳥などが絵画的に描かれた精緻な絵付けが特徴とされた。明治時代(1868年~1912年)になると、九谷庄三(くたにしょうざ)が、色絵に金彩を加味した「彩色金蘭手」(さいしききんらんで)の技法を生み出し、1873年のウイーン万国博覧会を機に「ジャパン・クタニ」の名で世界的に有名になった。

しかし、もちろん彩色金蘭手を施したものばかりが九谷焼ではない。四代徳田八十吉(とくだ やそきち)さんは「人の顔がそれぞれ異なるように、九谷焼も様々な種類の作品があります」と言う。それもそのはず、彼女の父で人間国宝(重要無形文化財保持者)の三代徳田八十吉(1933-2009年)は、これまでの九谷焼の「具象的な絵付を必ず施す」という特徴から飛び出し、釉薬(ガラス質の溶液)を重ね合わせながら美しいグラデーションのみの抽象表現的な作品を創作した。

日本では、どうしても人間国宝の作品は、美術館に飾られるような美術品となる。だが四代は「父は、本心、自分の器をもっといろいろな人に、身近に使って欲しいと思っていました」と話す。

四代徳田八十吉さんが父から受け継いだ色彩と技術を使って作った九谷焼の皿 (2009年)

父が亡くなった後、四代として跡を継ぎ、徳田八十吉の名を襲名した。「多くの商品が氾濫している今の時代に、手仕事の陶房を維持していくのは大変です。私自身が病に倒れた時は、陶房を畳もうかとも考えました。でも、一人でも多くの方の日常生活を豊かにする磁器を作りたい、そして、若い人にこの技術を繋いでいきたい。その使命感もあるので、頑張り続けています」

偉大な父の下で、指導を受けつつ、アメリカ留学や海外での陶芸指導の経験のある彼女には、日本の焼物をもっと世界の人々に知ってもらい、使ってもらいたいという大きな希望も抱いている。「日本的アイデンティティを模索しながら、世界の人と陶芸を通じて交流したい」と語る。それ故か、彼女の作品は、大英博物館に常設展示されるなど、海外へも活躍の舞台を広げている。海外のコレクターにも好評である。

たった一つでもいい、良い器を手にして日々の暮らしを豊かにすること。この日本人の伝統を世界にも伝えたいという強い意志が彼女にはある。