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February 2021

世界最高齢の現役薬剤師

ギネス認定後の比留間さんとその家族

東京の薬局で70年以上も薬剤師の仕事を続けてきた女性がいる。世界最高齢の現役薬剤師として、2018年11月のギネスブックに認定された比留間榮子さんである。

薬局での仕事

比留間榮子さん(現在97歳)は、1923年、関東大震災で東京が壊滅的な被害を受けた年に、東京池袋に生まれた。そして、その年は比留間さんの父が薬局を開業した年でもあった。

薬局で働く父の姿を見て育った比留間さんは、やがて父と同じ道を志すことになる。18歳で東京女子薬学専門学校(現:明治薬科大学)に入学し、1944年に薬剤師の資格を得て家業を手伝うようになった。先の大戦の最中だった。戦況は激しくなり、翌年3月、比留間さんが地方に疎開した2日後に東京は大空襲で焼け野原になり、薬局も焼失した。

その8月に戦争が終結して東京に戻った比留間さんは、「私は生かされている」と感じ、生きている限り薬剤師の仕事をしていこうと決意したのだった。彼女が薬剤師の仕事を再開したのは戦後3年ほど経ってからのことだった。月曜日から土曜日までの朝9時から夜7時まで、休むことなく再開した薬局の店頭に立ち続けた。

薬剤師として比留間さんが常に大切にしていたのは、「お客さんの心に寄り添う」ということだった。終戦直後はあらゆる物資が不足し、日々の食べ物や着るものが最優先で、多少の体調不良で医者にかかるどころではない状況であった。それでも、健康上の理由で困り果てて薬局を訪ねてくる人たちもあった。比留間さんは、そうした客に対して、できる限り、丁寧に話を聞くように接した。時には薬剤師の職務を離れて一人の人間として悩み事までも含めてよく話を聞く。そして、その人が元気になるような言葉を必ずかけることを心掛けた。高度経済成長を経て日本が豊かになってもなお、その姿勢は変わらない。

「ものが豊かになった今も、心身の不調を抱える人は多いのです。薬局を訪れる方一人一人の心に寄り添う気持ちは、昔と一緒です」と比留間さんは言う。一そうして70年以上の時を刻んで、比留間さんが言葉をかけた人たちは大都市の人口数にも匹敵するという。

父を支えて薬局を継いだ比留間さんは、今度は家族に支えられながら薬剤師を続けている。最高齢の現役薬剤師としてギネスブックに挑戦しようと提案したのは薬局の四代目、孫の康二郎さんだ。その話を聞いた比留間さんは「薬剤師として当たり前のことをしてきただけなのに、世界記録なんてとんでもない」と一顧だにしなかった。しかし、もしギネスブックに認定されれば、より多くの人が薬剤師の仕事を知ってくれるかもしれないし、高齢になっても働き続ける人には励みになるのかもしれないと比留間さんは考えるようになったという。

最初の挑戦は今から10年ほど前、比留間さんが88歳の時だったが、当時ギネス記録には92歳の南アフリカの薬剤師が登録されていた。康二郎さんの申請が認定されたのは2018年11月23日、比留間さんが95歳17日の時だった。

2020年、足にけがをして車椅子を使うようになり薬剤師の仕事を一時的に休んでいる。しかしリハビリに励んだ結果、補助具を使って立ち歩きできるようになった。この春に比留間さんは仕事に復帰する、とツイートを使いこなして発信している。リハビリに耐えたのは、薬局に立って薬剤師の仕事がしたいという気持ちがあったからだろう。

「100歳まで現役の薬剤師で頑張ってみたい」と比留間さんは力強く語る。

薬剤師としての自覚と自負を胸に、店を訪れる一人一人に、その都度都度、寄り添うことが比留間さんの生き方。彼女は彼女らしく、そのことを果たすためにまた立ち上がる。