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  • アメリカ合衆国のワシントンD.C.、ポトマック河畔の桜
  • 「荒川の五色桜」の彩色された絵葉書(1920年頃)
  • 荒川堤の色とりどりの桜
  • 荒川に里帰りした桜

April 2021

アメリカと日本を結ぶ桜

アメリカ合衆国のワシントンD.C.、ポトマック河畔の桜

1912年、日本からワシントンD.C.に桜が贈られた。これがアメリカ合衆国で桜への愛着が広まるきっかけとなった。約110年を経た今日、ポトマック河畔とその原産地には桜が咲き誇り、人々を楽しませている。

「荒川の五色桜」の彩色された絵葉書(1920年頃)

美しい桜の花が見られる場所は日本にだけあるわけではない。アメリカ合衆国のワシントンD.C.、ポトマック河畔の美しい桜の公園もまた有名である。

その桜は、1912年に日米の平和と親善の象徴として日本から贈られたものである。この寄贈は、紀行作家シドモア女史、当時の、タフト大統領の夫人、尾崎行雄東京市長を始め日米双方の多くの方々の尽力によって実現したものであった。1909年、2,000本の桜の苗木が最初の寄贈であったが、翌年現地ワシントンに届いたものの、害虫被害により全て焼却処分になってしまった。そこで、1912年に3,020本の桜の苗木が再び贈られ,無事に到着、同年3月27日にタフト大統領夫人と当時の珍田いは(ちんだ いわ)駐米大使夫人によって植樹式が行われた。この時、贈られた桜は、兵庫県のヤマザクラを台木にして、東京の荒川堤の桜から採った枝(穂木(ほぎ))を接木したものである*。

荒川堤の色とりどりの桜

現在の東京都の足立区にある荒川堤は、19世紀後半から桜の名所として名高かった。78品種もの桜が植えられ、薄紅 (くれない)色のほか、白、黄、緑、紫など、様々な色合いを楽しめることから「荒川の五色桜」と呼ばれていた。

ところが、荒川堤の桜は第二次世界大戦や公害の被害により消滅してしまったが、ポトマック河畔の桜は咲き続けた。

1952年、足立区が、五色桜復活を企図してポトマック河畔の桜の里帰りを米国に働きかけた。この取組により、ポトマック河畔の8種55本の桜の苗木がアメリカから贈呈され、荒川堤に植えられた。1981年には、さらに35種約3000本の桜が贈られた。その桜は荒川土手を始め区内の学校や公園などさまざまな場所に植えられ、現在も見事な花を咲かせ続けている。

荒川に里帰りした桜

2012年には、荒川堤の桜が米国に渡った100周年を記念して、「日米さくら交流100周年記念事業実行委員会」が中心となり、ポトマック川と荒川の姉妹河川提携再調印式や小冊子「荒川堤の桜」の英語版発行等様々な事業が行われた。その委員長を務めた鈴木誠東京農業大学名誉教授は「日米の桜交流の絆の物語を、次の世代に語り継いでいきたい。そのためには、花を愛でることを文化的な行為として捉え、価値を高めることが大事なのではないかと考えています」という。

現在、荒川の土手には「あだち五色桜の散歩みち」と呼ばれる4.4キロメートルに及ぶ桜並木が続く。ポトマック河畔から、はるばると荒川に里帰りした桜の木々は、毎年、春には、色とりどりの花を咲かせ、桜を通じた、日米の110年に及ぶ交流の足跡を物語っている。

* 詳細は、以下の通り。http://arakawa-gakkai.jp/pdf/sakura_booklet.pdf