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INDEX

  • 集落が山の斜面に張り付くような徳島県のにし阿波地区
  • サラエと呼ばれる道具を用いて、斜面の下から上へ土を戻す作業をする農家の方
  • にし阿波でただ1人の鍛冶師
  • にし阿波で開発されて引き継がれてきた独自の農具
  • カヤの束を円錐形に積んだコエグロ

September 2021

にし阿波の傾斜地農耕システム

集落が山の斜面に張り付くような徳島県のにし阿波地区

約400年にわたって続く、徳島県西部の「傾斜地農耕システム」が、2018年3月、国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産に認定された。

にし阿波でただ1人の鍛冶師

日本の丘陵部や山間部では、稲を栽培する棚田のように、傾斜地を削って平らな耕作地をつくることが多い。しかし、400年以上にわたり傾斜地をそのまま利用して農業が行われてきた所がある。それが、「にし阿波」(「阿波」は徳島県のかつての名称)と呼ばれる徳島県西部の4つの市町、美馬市(みまし)、三好市(みよしし)、つるぎ町及び東みよし町の標高100~900メートルにある地域だ。そこは、場所によって斜度が40度にもなるところもあり、傾斜地で農業をするために独自の知恵や技術が培われてきた。

その一つが、近くの草地から採取した敷き草である「カヤ」の活用だ。

にし阿波で開発されて引き継がれてきた独自の農具

傾斜地は、何もしなければ、雨風の影響などから、土壌は自然にどんどん下に流れ落ちてしまう。そこで、にし阿波では、その対策としてカヤを使ってきている。カヤを育てる場所「茅場(かやば)」を設けて、秋には収穫する。そして、刈り取ったカヤを円錐形に積み上げてよく乾燥させ、細かく刻む。この乾燥した草をまくことで、土の肥やしにするとともに、土砂の流出をも防ぐことができるという。さらには、雑草の成長を抑制し、土壌の乾燥を防ぐ効果もあるなど、傾斜地農業に欠かせない。秋から初冬に見かける円錐形に積み上げられたカヤを、地元では”コエグロ”と呼んでおり、にし阿波の農業の象徴的なものだ。

カヤの束を円錐形に積んだコエグロ

農具にも工夫が施されている。平らな農地用の農具では、そのままでは傾斜地では使いづらいため、耕作するそれぞれの土地の斜度に合わせて、斜めに角度を付ける等、独自の農具が開発されてきた。サラエという農具を用いて傾斜によって下がった土を上へ戻す、あるいは畑に多い小石を砕いて土を作るといった、土壌環境を改善する独特の技術もこの地域では代々継承されている。

サラエと呼ばれる道具を用いて、斜面の下から上へ土を戻す作業をする農家の方

今ではただ一人の、にし阿波で独自の農具を作り、修理も行っている鍛冶屋(かじや)が、注文に合わせて対応している。

にし阿波地区の一つ、つるぎ町役場の藤本将也さんは、「鍛冶屋の技術を残すために、地元の鉄工所に支援を求め、個人ではなく企業として技術を習得し次世代に伝わるようにと動き出しています」と話す。

にし阿波地区の農地では、現状では、アワなどの雑穀を筆頭に、ソバ、イモや、ゴウシュウイモといった伝統野菜など、多品目の農産品を少量ずつ作る農家が多い。ただ、それではなかなか大きな収入につながらない。藤本さんは「今後も継続して農業が行われなければ、この農業システムも景観も失われてしまいます。近年は県と市、町が連携してこのシステムによって生産された農産品にブランド認証制度を導入するなど、付加価値を高めるよう努めています」と話す。

急な山の斜面に張り付くように約200の集落が残るにし阿波地区の風景は昔と変わっていないと言われる。世界でも珍しいこの独特の農業システムを守ることが独特の景観を守ることにつながる。