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INDEX

  • パリでの公演後、能面をつける体験をする観客
  • フランス・パリ日本文化会館で演じる種田さん
  • 種田道一さん
  • 日本での能の舞台公演の様子
  • ブダペストのワークショップで扇の様々な使い方を学ぶ参加者
  • 能「羽衣」の衣装を参加者に着せる種田さん

December 2021

国を越えて伝わる能の姿

種田道一さん

金剛流能楽師の種田道一さんは、2018年に文化交流使として、アメリカ、フランス、スペイン、イタリア、ハンガリーで開催したワークショップで能を教えた。種田さんがその体験を語った。

パリでの公演後、能面をつける体験をする観客

日本を代表する古典芸能の一つ、能は、面と美しい衣装をつけて演じる歌舞劇。日本の伝統楽器や謡(うたい)という声楽に合わせて、演者がセリフを言いながら、舞や身振りで物語が展開される。

能の5つ*の流派の一つである金剛流は京都に本拠地を置く唯一の流派である。種田道一さんは金剛流を代々支える家系を継いでいる。

フランス・パリ日本文化会館で演じる種田さん

種田さんによれば、「能は14世紀に成立してから約650年間、一度も絶えずに継承されてきた現存する“世界最古”とも言われる舞台芸術です。これは各時代の統治者によって保護されていたからだと考えられます。しかし、能楽師が時の権力者にすり寄ったり、また、その嗜好に阿(おもね)ったりしたわけでもありません。簡単に言ってしまうと、ある種の“癒し”だったと考えられています。能で演じられる親子関係や師弟関係などの多面的な人間関係の表現は、現代社会とも通じるところが多く、単なる昔の物語ではありません。それは、能に人間の真の姿への洞察があるからでしょう。だからこそ日本文化の中で最初に能楽がユネスコの無形文化遺産に指定された**のだと思います」と話す。

日本での能の舞台公演の様子

種田さんは2018年に文化交流使という立場で、アメリカ、フランス、スペイン、イタリア、ハンガリーを訪問した。通常、能は、役割分担をして総勢20名ほど演じる(写真参照)のだが、文化交流使として能を演じられるのは種田さんただ一人であったので、通常のような能を演じるのは困難であった。「そこで、今回の舞台では一人でしか出来ない内容を、できるだけ体を使ったパフォーマンスで、みんなに披露することにしました。また参加者が観るだけでなく、自分の体を使った体験ができるようにとも考え、外務省や国際交流基金の方々に助けて頂き、日本語の歌詞に近い発音ができるよう各国語で表した発音カードを作ってみんなで謡(うたい)をし、その謡に合わせて私が舞を披露しました」

その他にも、自身が所有する扇を25本も持参した。能において、扇は心象や風景、或いは物を表すための道具である。ワークショップにおいて、現地の参加者一人一人に扇を持たせて、扇の使い方、所作の指導を通じて、各の所作の意味するところを、体験活動として感じてもらった。

ブダペストのワークショップで扇の様々な使い方を学ぶ参加者

印象深かったのは、スペインのバルセロナのワークショップを終えた後のこと。「演劇を学んでいる人たちに向けたワークショップを終えると、一人が『能はsilencio(スペイン語で「静寂」を意味する)だ』とおっしゃいました。特に静かな動きを教えたわけではなかったのですが、その人は能の本質をつかんでいるなと思いました」

14世紀後半に能を完成させた世阿弥は、自身が著した著作「花鏡」の中で「能では幽玄の姿であることが第一に大事」と記している。例え鬼を演じていても、美しく静かに舞うのである。

能「羽衣」の衣装を参加者に着せる種田さん

「silencioと幽玄の根は同じ。それをたった1週間のワークショップで感じ取る精神性の高さに感心しました」と種田さんは言う。

たとえ日本人であっても、能の核心を真に理解することは難しいが、種田さん自身が文化交流使として各国を巡り、外国の人々の日本の伝統芸術への思いの深さに触れる経験となったと感じた。『芸術に国境はない』ことを肌で感じ、能の持つ可能性に更に思いを深くしたという。

* シテ方(主役)の流派の数
** 「能楽」は「人形浄瑠璃文楽」「歌舞伎」とともに2008年にユネスコの無形文化遺産に登録された。