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March 2022

京都の雛人形

  • 大橋弌峰の代表作「朱雀大路大極殿束帯雛」(京都迎賓館で展示されたものとは異なる種類)
  • 即位の礼の天皇皇后両陛下のお姿をモチーフとした雛人形である「大礼雛」。男雛(右)は「黄櫨染御袍」、女雛はいわゆる「十二単」を着用している。
  • 二代目と三代目の大橋 弌峰さん(大橋 祥男(おおはし よしお)さん(左))、大橋 義之(おおはし よしゆき)さん(右))
  • 女雛の「十二単」は「かさねの色目」として知られる、伝統的な季節の配色パターンを踏まえている。
大橋弌峰の代表作「朱雀大路大極殿束帯雛」(京都迎賓館で展示されたものとは異なる種類)

古来の朝廷由来の儀式や行事を踏まえて作られた、優雅で格調高い京都の雛人形を紹介する。

二代目と三代目の大橋 弌峰さん(大橋 祥男(おおはし よしお)さん(左))、大橋 義之(おおはし よしゆき)さん(右))

3月3日は、日本においては「雛(ひな)祭り」の日。女の子がいる家では、娘の健やかな成長を願って雛人形が飾られる。この風習が広がったのは江戸時代(17世紀初頭~19世紀後半半ば)からである。公家や武家の家で人形を飾るようになり、その後、一般の人々にも伝わった (こちらを参照)。

雛祭りが公家や武家で広がり始めた当初は、天皇、皇后の姿を倣って作られた男雛(おびな)と女雛(めびな)だけが飾られた。しかし、雛祭りが盛んになるとともに、宮廷に仕える女官、日本の伝統的な宮廷音楽である雅楽の奏者などの人形が加えられて、人形やその他の飾りを置く雛壇も三段、五段、更には七段と増えていった。

江戸時代、雛人形の主な産地は、平安時代(8世紀末~12世紀末)以来、宮廷文化の中心地であった京都であった。京都では現在も、宮廷文化に根ざした「京雛」と呼ばれる雛人形が様々な工房で制作されている。その中でも、大橋弌峰(おおはしいっぽう)さんの工房では、平安時代以来、宮中で受け継がれている装束の伝統やしきたりである「有職故実」(ゆうそくこじつ)を踏まえた雛人形が作られており、優雅で格調高く、古来の朝廷の世界を見事に再現していると高く評価されている。

雛人形の製作は全て手作業で、頭部、髪、手足、衣装など、分野ごとに専門の職人が分業して行う。完成までの工程は実に約3,000にものぼる。大橋祥男(よしお)さんは父の後を継いだ二代目の「人形司」だ。人形司は、職人によって作られた頭や手足などの部位を組み合わせ、完成させるのが役割である。胴体の製作、着物のデザイン、人形への着付けなどの仕事も人形司が担う。

「頭の位置、姿勢、手の位置など、細かなところで人形の気品は大きく異なるものです。着物も、本物の着物と同じ絹の生地を使っています」と大橋さんは語る。

有職故実を踏まえた雛人形の着物の例としては、例えば、男雛が着る「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」が挙げられる。これは、天皇しか身に付けることができない束帯*である。「黄櫨染」と呼ばれる太陽の光を象徴した黄色みがかった茶色で、桐、竹、鳳凰などの文様が施されている。大橋さんは、それを可能なかぎり再現した。「黄櫨染御袍」は、2019年10月22日の即位の礼において、天皇陛下がお召しになられている**。

即位の礼の天皇皇后両陛下のお姿をモチーフとした雛人形である「大礼雛」。男雛(右)は「黄櫨染御袍」、女雛はいわゆる「十二単」を着用している。

女雛の着物の例としては、宮廷の女性の最高の格式の衣装である、いわゆる「十二単(じゅうにひとえ)」***が挙げられる。十二単は多種の色の衣を重ね着する着物で、その配色は、伝統的な「かさねの色目」****と呼ばれる季節に即した100種類を超える配色パターンの中から選ばれる。雛祭りが行われる春に合わせた場合、例えば、華やかな雰囲気を生み出す紅(くれない)色をベースとした配色となる。

女雛の「十二単」は「かさねの色目」として知られる、伝統的な季節の配色パターンを踏まえている。

大橋さんのこれまで数多くの雛人形を作ってきたが、その代表作品の一つが、『朱雀大路大極殿束帯雛(すざくおおじだいごくでんそくたいびな)』のシリーズだ。朱雀大路は、平安時代には道幅約84メートル、南北約4キロメートルにわたっていたとされる京都のメインストリートで、その北の突き当たりにあったのが、朝廷で国家的な儀式や行事が行われた大極殿であった。現在の大橋さんの工房は、かつて大極殿があった場所近くにある。大橋さんが京都の歴史・伝統への誇りを名前に込めたこのシリーズは、長年にわたり積み重ねられてきた有職故実の知識を踏まえた職人の技の結晶と言える作品だ。京都迎賓館において展示され、賓客の接遇や宴席に彩りを添えたこともある。

「1000年以上にわたって宮中に引き継がれる伝統が、私どもの人形づくりにも生かされています。それを未来へとつなぐために、日々研鑽を積んでいます」と大橋さん話す。 工房では三代目となる大橋さんの子息も人形作りに取り組んでいる。雛人形を通じて、京都の伝統が次の世代へと受け継がれていく。

* 束帯は、宮中における最も格式の高い男性用の正装の一つ
** Highlighting Japan2020年2月号参照:https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202002/202002_09_jp.html
*** 正式には五衣(いつつぎぬ)、唐衣(からぎぬ)、裳(も)で構成される装束。皇后の装束を指す場合のみ「御」(おん)を付け、御五衣(おんいつつぎぬ)、御唐衣(おんからぎぬ)、御裳(おんも)と呼ぶ。
**** Highlighting Japan2020年10月号参照:https://www.gov-online.go.jp/eng/publicity/book/hlj/html/202010/202010_06_jp.html